邂逅
台詞多め、短いです。
本日は波高しなれども晴天なり、アスファルトを焦がさんばかりに熱気を放つ太陽がまぶしい朝。まったく今日も今日とて飽きもせず良い天気である。逢は朝の陽光から逃れるように動かしていた足を止め、逃げ水でも見えそうな景色だと歩道橋の上から道路を見下ろしていた。そんな時の事だ。
知らない人に絡まれた。正確には同居人の知りあいらしき少女に。
「ねぇねぇ貴女、噂の彼女でしょ!?灰色野郎の女!」
「…………は?」
夏場特有の生暖かい風が少女と逢の間を体感温度的に寒々しく吹きぬける。まるで少女と逢のテンションの落差に低気圧が発生したかのようだ。
片側で無造作に結い上げられた、少女の柔らかな橙色の髪がサラサラと揺らめいた。まるで今日のような太陽をたくさん浴びて育った夏蜜柑のような、綺麗な色。
そこまで考えたところでいいかげん現実逃避も終わりにすることにした。恐らく今話しかけられたのは自分だ。今この歩道橋には逢と、気が付いた時には目の前に居たこの少女しか居ないのだから。大丈夫、暑さで見た幻覚ではないはず。
はしゃいでる少女と状況が分からず固まる逢、このとき二人の間にはけして越えられない壁があった。精神的に。
何が起こったというのだろう。自分はただ学校に行こうとしただけなのに。予想外の知らない人とのエンカウントに目を白黒させながら、逢はやっとの思いで一言聞き返した。
「な…何のうわさ…?」
「鬼姫」
ドクン、少女がつぶやくように放ったその言葉に、何故か心臓が強く脈打った。なんだそれは。
「あの、どなたかとお間違いになってませんか…」
「間違ってなんかないよっ。だって、あの趣味の悪い紫パーカー着てる灰色男の嫁でしょう?」
どうしよう。否定したいのにどう考えても思い当たる人物が居る。
あの男の知り合いだ、できれば関わりたくない。しかしそうもいかないらしい。取り急ぎ一つだけでも訂正したい。
「嫁じゃありません」
「嫁でしょ?」
「嫁じゃありません」
「違うの?」
「絶対違います」
「灰色ふられた~」
自分の話はちゃんと通じているのだろうか。何がおかしいのか少女はケタケタと笑う。笑みを浮かべる顔は無邪気で可愛らしいのに、逢は何かに違和感を感じ目を細めた。
「あの、あなた」
「ああ、名前?橙とでも呼んでくれればいいよ」
「いや、じゃなくて」
「敬語もいらなーい。だって同い年くらいでしょ?」「いやだからちょっ」
「ねぇねぇそれより何処か遊び行こ?」
会話を しろ !フランクってレベルじゃないぞこれ!さすがは竜胆の知り合いである、会話が成り立たない。逢は肺の底から空気を一掃するように深いふかい溜め息をついた。
「行かない。今から学校行くの」
「学校?」
「今日は登校日だから」
「人間の、学校?」
す、と夏蜜柑色の瞳が細まった。それを見て逢は違和感が何だったのか分かったような気がした。あんなにはしゃいでいたのに、その目はずっと冷えきっていなかったか。
唐突に橙と名乗る少女に得体の知れない恐怖を感じた。
しかしそんな逢の気持ちを知ってか知らずか、橙はスルリと身を引いて肩をすくめた。
「ふーん……じゃあいいや!また今度遊ぼうねー!」
言ったそばから軽やかに駆けだして行く。彼女の足に揺れたスカートが風をはらんでフワリと舞い、逢が我に帰った時にはその長い髪が階段の方へ消えるところだった。
「なんだったんだ今の……」
嵐か。台風少女か。実は今の白昼夢だったんじゃないのか。逢はクラクラする頭を抱えながら、とりあえず歩き出した。
学校だ、学校へ行こう。