夜の間話
どうにもこうにも予約掲載失敗したようなので、もう一度手動であげます。重複したらすみません。
とはいってもこないだ一度下げた噂の問題作なんですけどね。
うっかり忘れそうになるけども、この話って妖怪ファンタジーだったんですよ。妖怪ファンタジイ。作者も忘れそうです、ファンタジイ。
ずいぶんと暫くぶりに、ただいまと言う習慣がついた。
ただ、それだけのことなのだけれど。
* *****
依頼主との交渉が終わり帰る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
仕事をしたわけではないので水を被る必要も無く、竜胆は無断で網を破壊して侵入したビルの屋上からボンヤリと景色を眺めていた。別段このビルに用があったわけではない。ただ、高く高く空に近い場所に行きたかった。
そんな場所に居れば、彼女に会えるような気がして。
夜闇の気配を纏い駆ける、少女。
聞きたいことがたくさんあった。だがそれ以上に、言いたいことが一つだけあった。
「アヤメ……か」
ただ一度、邂逅した鬼姫。その名前が無意識のように唇から零れた時、風が吹いた。
「気安く我が名を呼ぶな、小童」
「よお、会いたかったぜ、鬼姫サマ」
会えると思った。勘は当たる方なのだ。
屋上と空を隔てるフェンス。その向こう側に、まるで彼女は夜空に浮かぶように凛と立っていた。
竜胆は空とフェンスの間の狭い足場に佇む彼女と背中合わせになるような形で、境界線の金属にもたれかかった。ギ、と重さを受けてソレが軋む。
姿は見えず、だが気配はとても近くに感じる。不思議な距離感だ。竜胆は肩越しにふり返るようにして彼女を見つめた。
「なあ、そこ危なくねえ?足場狭いし、こっち来れば」
「誰にものを言うている」
そう言い嘲るようにクツクツと笑う彼女からは、仄かに血の香りがした。芳しい、命の香り。
「ずいぶん良い匂いさせてるじゃねえか。何を屠った?」
「……悪鬼よ。この街に巣食い、闇に生まれ闇に生き、ヒトの心を喰らう者」
彼女が不意に此方を向く。金の瞳が自分を射抜き、いつかのように心臓が跳ねたのが分かった。
ああ、なんて鮮烈な瞳なのだろう。いいね、ゾクゾクする。
「おっかねえ女だな。孤高のお姫様はそうまでして何を守ってるんだ?」
答えは薄々見えていた。因果関係は、ある。
ただ、彼女の言葉で聞きたかった。
「この匂いを芳しいと言うのなら貴様も相当な気狂いだ」
いや、お前は元々そういうモノか?そう笑う少女の笑みは侮蔑を含んで酷く艶めいていた。
「お前も、奴らと共に屠ってしまおうか」
「俺は依頼を受けてんだよ。約束したことはキッチリこなさないといけないだろ?」
彼女の父親から――逢を消せと。
彼女から――恋をしたならば消えてもいいと。
正直生きていることに辟易したような、そんな目をしていたから、彼女が出した条件は不思議を通り越して不可解な印象を竜胆の中に積もらせていった。
だが、面白い。
逢と居ると、近年稀に見るほど満ち足りた気分になるのだ。
「あのな、俺、長い間決めた家とか無しで放浪してたんだよ」
「……それがどうした」
おや、珍しい。このツンデレ通り越してツンしかない鬼姫サマは自分の独り言じみた話題に付き合ってくれるらしい。
竜胆は中天にポッカリ浮かぶ月を見上げながら、続けた。
「同居人がさ、俺が帰ると、眠そうな目ぇ擦りながら、いつも必ずお帰りって言ってくれるんだ」
あぁ、自分の居場所ができた。そんな事を考えてしまうほど、彼女に『慣れて』しまった自分に気づいた。
「帰る場所が、できた。ただいまって、言う習慣ができた」
たわいもない話、くだらない冗談。
何か言えば、返ってくる声。
「ただそれだけのことなんだけどな」
それだけの、こと。
ただいつもとどこか違うから、調子が狂う。
「……ふん、獣が牙を抜かれて腑抜けおったわ」
殺女は常と変わらぬ無表情で空を見上げている。ただ、その瞳にはどこか温かい光が宿っているようにも見えた。
そんな彼女の顔を見て、言おうとした言葉を束の間ためらった。自分達の間に漂う酷く穏やかな空気を壊したくない、なんて思ってしまったから。
だけど、そんな感傷程度で消せる言葉ではない。欲しいのは真実だから。
竜胆はフェンスにもたれていた背を離し、静かに殺女を振り返った。
その気配につられるように、彼女も竜胆を見る。
視線が交じり合った。
「聞きたいことが、たくさんあるんだ」
――それよりも。
「だがそれ以上に、言いたいことが1つだけあるんだ」
夜風に髪をはためかせ。凛と立つ孤高の美しい女。
今代の鬼姫。
自分はこの女を――殺さなくてはならない。
「お前は、逢だな?」
ザァァァ。
唸るように、2人の間を風が吹き抜けた。
次回、アヤメちゃんの大暴露大会。いろんなことがいっぺんに露見します。