始まりの日
書き方模索中 + 書いた時期がバラバラなので文体のバラつきが目立ちます。そもそもこのサイトの使い方もよく分からないド素人なので気になる場所があったら指摘してやってください。
明るい光がレースのカーテンを通して柔らかく六畳ほどの部屋を照らす。
カーテン越しの明かりがアイボリーの壁紙の薄暗い部屋の中と、ベッドの中に眠る少女を照らしている。
不意に、掛け布団の中から飛び出した少女の右腕がピクリと動き、次いで起きようか二度寝しようかと葛藤するかのように眉間にシワが寄り、数秒の後に少女は掛け布団をはねあげガバリと勢いよく身を起こした。そのまま少女は遮光カーテンの引かれた窓へ近づき、カーテンを破るような勢いで左右に開ける。朝の光が差し込み部屋は一気に明るくなった。
夏の空は嫌味なまでに晴れ渡り、今日も暑くなるのだろうと簡単に予想できた。
朝日に照らされた少女の体は全体的に線が細かった。肌の色はぬけるように白く、小柄で細身。今にも折れそうなやせ細った体。
外の景色をボンヤリと見つめる目は闇夜よりもなお黒く、その目にわずかにかかる髪もまた烏の濡羽のように黒い。
頬のラインで切った髪は寝癖であっちこっちがツンツンと跳ね、襟足の髪だけが長く伸ばされうねっている。
彼女は今の今まで寝ていたというのにパジャマではなく、ピッタリと体に沿うような形の桜色のワンピースを着ていた。
「……いい天気。今日は河川敷にでも行こうかなあ」
髪を丁寧に梳いて後ろ髪を一つに括り、冷たい水で顔を洗う。タオルでゴシゴシと顔を拭く頃には目も完全に覚めていた。財布だけをポケットに突っ込んで玄関へ向かうと築三十年のボロアパートの廊下はミシミシと不穏な音を奏でた。
古びた鉄製のドアに付いた郵便受けを惰性的に覗き込むと、珍しく何かが入っている。それは分厚い封筒だった。表には筆で「片平逢様」と書かれている。
「……今月の分か」
逢はその封筒を無造作に開けた。予想通り中にはキッチリと束になった折り目もない大量の万札が詰まっている。毎月恒例の風景だ。
逢には母親が居ない。だいぶ昔に死んでしまった。その時の記憶はなぜか無いのだけれど周りの口さがない者達が逢のせいで死んでしまったと噂話をしていたのを聞いたことがある。そして唯一の肉親であるはずの父は逢に憎悪と言っても過言ではない感情を向けていた。やはり母は自分のせいで死んでしまったのだろう。それなら憎まれて当たり前だ。むしろ自分のせいで死んでしまったというのに何も感じないなんて薄情な娘だと現状を認識していた。
逢は一度廊下を引き返し、台所で封筒を冷蔵庫にしまった。クーラーなどついていない蒸し地獄のようなこの部屋で、冷蔵庫から流れ出る冷気が頬をかすめて少し気持ちがよかった。
気を取り直して今度こそ重たいドアを開ける。とたんにカッと差す日の光と暗い日陰のコントラストが目に焼き付いた。どうやら昨日の天気予報が言っていたことは的中したらしい「八月一日、降水確率0、熱中症にご注意ください」と。
逢は自分の前にできる濃い影を踏みしめるようにして歩いた。逃げ水でも見えそうな熱された道路の中、他に人影は居ない。みんなクーラーをガンガンに効かせた室内でテレビでも見ているのだろうかと、妙にひがんだ気持ちでひたすら足を動かす。
そうしていると近所の河川敷までの距離などあっという間だった。
水面を渡り幾分か冷やされた風が吹きぬける。ざわざわと背の高い草が風に揺れて、静かな風景に音を添えていた。逢はゆっくりとガードレールを乗り越え、土手を踏みしめて降りる。靴の底で潰れた草が放つ青臭い匂いが鼻に届き、逢はその匂いに少しばかり眉をしかめて今降りた場所より少し先に見える高架下へ歩を進めた。なんの変哲も無い近所の川原のどこにでもありそうな高架下、そこが逢のお気に入りの場所だった。
高架下が作り出す影に入ると、目の裏まで届きそうな強烈な日差しが遮られ、眩しさに慣れた視界はつかの間真っ暗に染まった。逢は目が慣れるまでの数秒、歩みを止めて目蓋を閉じる。だから、気付くのが遅れた。いつもは誰も居ないその場所に先客が居たことに。
「こんにちは」
逢がその声に引き寄せられるように目を開くと、そこに居たのは一人の少年だった。ともすれば黒のようにも見える瞳は深い紫の色をしていて、面白がるようにこちらを見ている。
血の気が失せたような病的に白い頬にかかる髪は黒灰色で、彼が小首をかしげると頭の高い位置で無造作に括られた髪が動物の尻尾のように揺れた。
真夏の、しかも晴天の日であるにもかかわらず、少年は場違いな程に厚着であった。生地の厚い真紫の長袖のダボッとしたパーカーに同じくダボついた黒のスウェットのような長ズボンを穿き、奇抜な色のスニーカーがアスファルトの段差から投げ出された足がパタパタと揺れる度に左右交互に曲線の軌跡を描いた。
「えーと、片平逢、さん。だよな?」
「なんで私の名前を……?」
名乗ってもいないのに己の名前を口に出した少年に逢は驚き後退りした。この少年と何処かで会ったことがあるだろうかと考え、すぐに否と答えをだす。こんなに目立つ外見の人を覚えていないはずがない。ならばやはり逢と少年は初対面なのだ。
少年はそんな逢をチェシャ猫のような笑いを浮かべながら眺め、ほがらかに話し掛けた。
「はは、そんなにおびえなくてもいいのに。俺の名前は竜胆。花の竜胆と同じ漢字な」
「竜、胆……さん?」
「呼び捨てでいいよ、お嬢さん」
そう気安さを滲ませた声で言うと、竜胆は腰をおろしていたアスファルトの段差からやおら立ち上がり、ググッと伸びをすると、なめらかな動きで逢の真正面まで歩いてきた。
「それで君への用件なんだけど、君は自分で死に方を選べるとしたらどんな風に死にたい?せめて自分で決めさせてやるよ」
至近距離から逢をまっすぐに見つめる猫のような瞳が僅かに陰った。
「殺しにきたよ。お嬢さん」