長い題名の小説ばかり読む図書委員の君に告白するため俺たちの出会いと君の魅力と交際後の展望を百文字以内にまとめたのに毎回途中で打ち切られるので今度こそ最後まで聞いてほしい
好きな人に告白しようと思ったら、担当編集が二人ついた。
彼女は、まだいない。
*
小宮美月は、題名の長い小説が好きだった。
高校二年の六月。
放課後の図書室で、小宮が読んでいる本の表紙を、俺は貸出カウンター越しに眺めていた。
『追放された回復術師ですが実家の銭湯を継いだら勇者も魔王も毎日来るのでせめて閉店時間は守ってほしい』
魔王は、閉店時間を守らないらしい。
世界の平和より先に守れるものがあるだろう。
「長くない?」
「何が?」
「題名」
「ああ。でも、何の話かわかるでしょ」
小宮は表紙をこちらに向けた。
勇者と魔王が、湯おけを持って並んでいた。
「内容がわかるから、面白そうだなって選べるし」
なるほど。
先に内容を説明しておけば、選んでもらいやすい。
俺はその知見を、最も応用してはいけない分野へ持ち込むことにした。
*
「告白を、ライトノベルのタイトルみたいにする」
翌日の昼休み、俺がそう宣言すると、友人の大野は焼きそばパンを置いた。
ちゃんと食べるのをやめてくれた。
友人の異常事態だと判断したのだと思う。
「好きです、でいいだろ」
「四文字で一年分の気持ちが伝わるか?」
「退学です、も四文字だけど、結構伝わるぞ」
「もっと明るい例を出せ」
俺が小宮を好きになったのは、高校の入学式の日だ。
教室を探して廊下をさまよっていた俺に、同じように教室を探していた小宮が声をかけてきた。
迷子が二人になった。
解決には一切近づかなかったが、心強くはなった。
途中、小宮が俺の持っていた文庫本に気づいて、その長い題名を読んだ。
「それ、面白い?」
俺は、教室を見つけるより先に、話しかけていい相手を見つけた。
その日から、面白い本を読み終えると、まず小宮を探すようになった。
今年、図書委員に立候補した理由も、その延長だ。
そういう一年分を、俺はきちんと伝えたかった。
「出会いと、小宮の魅力と、付き合った場合の楽しい展望を入れたい」
「最後のは本人と相談しろ」
「まず俺という作品を手に取ってもらわないと」
「お前、相談する相手を間違えてないか。人間だぞ、向こうも」
大野はため息をつき、俺のノートを引き寄せた。
「どうしてもやるなら、百文字以内」
「短くないか?」
「『好きです』の二十五倍ある」
「意外とあるな」
「本人に本人の人物紹介をするだけで使い切るなよ」
その指摘は、すでに一行目から俺を傷つけていた。
*
放課後。
図書室の利用者が少なくなったところで、俺は貸出カウンターの前に立った。
小宮が顔を上げる。
「どうしたの。返却?」
「いや。ちょっと、聞いてほしいことがある」
「うん」
小宮は読んでいた本に栞を挟み、閉じた。
ちゃんと、俺を見た。
その時点で、用意した文章の三割が頭から消えた。
俺はポケットから原稿を出した。
「入学式の日に迷子の俺を教室まで導いてくれた読書好きの同級生が――」
「私も迷子だったけど」
「知ってる」
「導いたのは、途中で会った先生だよ」
「事実確認はいったん後にしてくれ」
いきなり冒頭の修正が入った。
原稿を握り直す。
「普段はしっかり者なのに実はホラーが苦手で、笑った顔がとても――」
「待って」
小宮が少し身を乗り出した。
「それ、私のこと?」
ここだ。
そうだよ、と言えばよかった。
その顔がかわいい、と続ければよかった。
しかし、俺の喉から出てきたのは、別の言葉だった。
「小説のタイトル案です」
図書室の時計が、かち、と鳴った。
「……小説?」
「うん」
「藤沢が書くの?」
「そういう可能性を検討している段階」
「企画が遠いね」
小宮は、ゆっくり椅子に座り直した。
「私を参考にしたんだ?」
「参考にはした」
参考。
便利な言葉だった。
本人を見ながら本人の話をしているのに、逃げ道が一本できる。
「ふうん」
小宮は原稿を受け取り、筆箱から赤ペンを出した。
「まず、『教室まで導いてくれた』は違うから」
「はい」
「あと、『しっかり者なのに』の後に『ホラーが苦手』って、別に矛盾してなくない?」
「たしかに」
「それで、主人公は何をしたいの?」
君と付き合いたい。
「青春」
「急にぼんやりしたね」
赤い線が、俺の告白を横断した。
*
「なぜ文学の相談にした」
翌日、大野は俺の原稿を見て言った。
「緊張して」
「緊張すると作家になる体質なのか」
「小宮が真剣に聞いてくれたから、逆に」
「告白は真剣に聞いてもらうものなんだよ」
正論は、もう少し包んで売ってほしい。
ただし、収穫はあった。
小宮は俺の文章を最後まで読んでくれたし、次も見せてと言ってくれた。
これは、継続的に話しかける口実になる。
俺がそう説明すると、大野は顔を覆った。
「お前、一年以上普通に話しかけてただろ」
それもそうだった。
「とにかく、もっと一目で恋愛ものだとわかるタイトルにした」
俺は新しい原稿を見せた。
『ぼっちの俺が図書委員になったら塩対応の隠れ美少女になぜか溺愛されていた件』
大野が無言でペンを取った。
「まず『ぼっち』」
「わかりやすい属性だろ」
「俺は何だ」
「担当編集」
「友達を昇進させるな」
ぼっちが消えた。
「次、『塩対応』。小宮さん、お前が返却日を忘れたとき、わざわざ連絡してくれるんだろ」
「仕事に熱心なんだ」
「少なくとも塩対応ではない」
塩対応も消えた。
「『隠れ美少女』。別に隠れてないだろ」
「俺だけが気づいている魅力、という意味で」
「窓際で普通に本読んでるだけの人を発見扱いするな」
隠れ美少女が消えた。
「で、『溺愛されていた』。事実?」
「希望」
「ここだけ創作の規模が大きい」
なぜか溺愛されていた、が消えた。
残った文章を、俺は読み上げた。
「俺が図書委員になった件」
「議事録だな」
恋愛小説が、生徒会への報告書になった。
「何してるの?」
背後から声がした。
小宮だった。
俺は反射的に原稿を隠そうとして、机の端に肘をぶつけた。
最強主人公でなくて、本当によかった。
「タイトル、考えてるんだって」
大野があっさり説明する。
「あ、続き?」
「続きというか、後退というか」
「見せて」
小宮は隣の机に手をつき、原稿をのぞき込んだ。
「……ずいぶん消えたね」
「事実だけにしたら、こうなった」
「事実って大事だね」
大野が深くうなずいた。
いつの間にか、会議になっていた。
俺には彼女がいないのに、担当編集が二人いる。
「藤沢はさ」
小宮が、赤い線だらけの紙を指で押さえた。
「何がいちばん書きたいの?」
俺は少し考えた。
面白そうな属性。
人気が出そうな展開。
わかりやすい関係性。
そういうものを全部どけると、案外、単純だった。
「放課後だけじゃなくて、休日も一緒にいたい、みたいな」
「……ふうん」
小宮の指が止まった。
「じゃあ、それを書けば?」
俺は空いているところに、書き足した。
『図書委員の同級生と放課後に本を貸し合っていたら休日まで一緒に過ごしたくなったので今度の土曜日は二人で駅前の本屋に行きたい』
小宮は最後まで読み、俺を見た。
「これ、誘ってる?」
「そう」
「二人で?」
「うん」
大野が、音を立てないように席を離れた。
こういうところは、本当にいい友人だった。
小宮は原稿から手を離した。
「それって、小説の相談じゃなくて――」
「取材です!」
いい友人が、廊下でつまずいた音がした。
「……取材」
「小説の。休日に二人で出かける場面とか、実際に行かないと書けないから」
小宮は一度、唇を結んだ。
それから、原稿の端に、小さく「土曜、十時」と書いた。
「わかった。手伝う」
約束ができた。
大きな前進だ。
その報告をしたら、大野は言った。
「お前、今、自分で自分を『友達』の棚に戻したぞ」
*
土曜日の小宮は、制服ではなかった。
薄い青のブラウスに、白いスカート。
肩にかけた小さな鞄には、見覚えのない猫の飾りがついていた。
頭の中に、『私服姿が反則級にかわいい同級生と――』という文章が浮かんだ。
「その服、似合ってる」
実際に口から出たのは、それだけだった。
小宮が、少し目を丸くした。
「……ありがと」
それから、笑った。
おかしい。
原稿のないほうが、うまくいっている。
本屋では、小宮が例の銭湯の小説の続刊を買った。
「魔王、まだ通ってるんだな」
「常連だから」
「勇者は倒さなくていいのか」
「倒したら売り上げ減るじゃない」
「世界の平和が客単価に負けてる」
小宮は肩を揺らして笑い、その隣に並んでいた別の本を手に取った。
俺が先週、面白かったと話した本だった。
「それ、読むの?」
「うん。藤沢、最後のほう、説明しながらずっと笑ってたから」
「あれは思い出して」
「そういう感想がいちばん信用できる」
小宮は二冊を抱えて、レジへ向かった。
俺の話で、誰かが本を選ぶ。
それだけのことが、妙に嬉しかった。
昼前に入った喫茶店では、テーブルが少しぐらついていた。
小宮が手を置くたび、アイスティーの表面が揺れる。
「あ、待って。ちょうどいい紙がある」
俺は鞄から没原稿を取り出した。
「それ、いいの?」
「没だから」
何度か折って、短いほうの脚の下に挟む。
テーブルが安定した。
俺は手を離し、しみじみとうなずいた。
「この原稿、ついに誰かを支えた」
小宮が吹き出した。
口元を押さえ、肩を震わせ、それでもこらえきれずに笑った。
「やめて。そういう言い方」
「恋愛には使えなかったけど、机には使えた」
「用途が悲しい」
小宮の笑い方は、別に優雅ではなかった。
途中で少し変な声も出たし、前髪も乱れた。
本人は慌てて直していたが、俺はその前の顔を、もう少し見ていたかった。
原稿が足元へ消えると、話すことには困らなくなった。
嫌いな展開の話。
好きな脇役の話。
銭湯の小説で、勇者と魔王の戦いより排水設備のほうが心配になってきた話。
飲み物が空になっても、しばらく席を立てなかった。
楽しかった。
今日のことを題名にしようとすると、たぶん、どこを削っても嫌だった。
帰り道、小宮が本の袋を持ち直した。
「今日は楽しかった」
「俺も」
「また、今度――」
「取材協力ありがとう!」
覚えてきた締めの挨拶が、最も必要のないところで出た。
小宮の言葉が止まった。
「……どういたしまして、先生」
彼女は笑った。
けれど、さっき喫茶店で見ていた笑い方とは、少し違った。
*
月曜日、俺は新しい原稿を持って図書室へ行った。
土曜日はうまくいった。
少なくとも、楽しかったことに嘘はない。
あの時間を、もっとわかりやすく、もっと魅力的にまとめれば。
そう思って書いた題名だった。
『一年間片思いしていた図書委員の同級生が実は俺のことを好きだったらしく休日の本屋デートを経て恋人同士になりました』
小宮は、文章の途中で指を止めた。
「『好きだったらしく』って」
「うん」
「誰が言ったの?」
俺の喉が、きゅっと狭くなった。
「いや、そこは、その」
「私、まだ何も答えてないよ」
図書室の奥で、誰かが椅子を引いた。
俺は反射的に、いつもの言葉を探した。
「ごめん。これは、ただの小説の――」
「藤沢」
小宮が、俺の名前を呼んだ。
「それを言われると、また返事できない」
言葉が止まった。
小宮は赤ペンを机に置いた。
「タイトル案ですって言われたら、私、感想を言うしかないでしょ」
「……うん」
「土曜日だって、また行こうって言おうとしたら、取材協力ありがとうって」
「それは」
「私も、どうしたらいいかわかんないよ」
小宮の声は、怒っているというより、困っていた。
俺はずっと、小宮が最後まで聞いてくれないと思っていた。
けれど、小宮が何かを言おうとするたびに、別の話へ逃げていたのは俺だった。
あれは小説の話だ。
これは取材だ。
参考にしただけだ。
そう言っておけば、断られたことにはならない。
代わりに、小宮は何も答えられない。
「……怖かったんだ」
ようやく、それだけ言えた。
「何が?」
「断られたあと、次に何を話せばいいかわからなくなるのが」
小宮は黙っていた。
俺も、続きを急いで埋めなかった。
紙の中では、小宮はもう俺のことが好きだった。
俺は何もしなくても溺愛され、土曜日は最初からデートで、最後には恋人同士になることになっていた。
その順番なら、怖くない。
けれど目の前の小宮は、原稿を返してくるとき、指先が少し震えていた。
何でもわかっている編集者なんかではなかった。
俺が何を言うのか、わからないまま待っている女の子だった。
小宮が、そっと言った。
「長いから、嫌なんじゃないよ」
俺は顔を上げた。
「私に言いたいことなら、私に言って」
その先を、代わりに言ってはくれなかった。
俺は原稿を四つに折り、ポケットへ入れた。
出会いの説明も。
君の魅力の紹介も。
都合よく決めてしまった結末も。
いまは、なくていい。
「小宮」
「うん」
俺は、彼女を見た。
「好きです」
言ってしまうと、これまででいちばん長い沈黙が来た。
小宮が目を伏せた。
俺は待った。
取材だとも、参考だとも、冗談だとも言わなかった。
小宮は小さく息を吸い、顔を上げた。
「入学式の日に一緒に迷ってくれた男の子が、面白い本を見つけるたびに私を探してくれるので、いつの間にか私も好きになっていたから、取材じゃなくてデートに誘ってほしいし、できれば彼女にしてほしい」
最後のほうは、ものすごく早口だった。
言い終えた小宮は、耳まで赤くなっていた。
俺は、たぶん、間抜けな顔をしていたと思う。
長かった。
でも、聞きたいところしかなかった。
「……あの、藤沢」
「はい」
「返事」
そこで、ようやく息をするのを思い出した。
「もちろん。俺と付き合ってください」
「はい」
小宮が笑った。
喫茶店で見たのと同じ、少し困ったような、こらえきれないような笑い方だった。
*
帰り支度をしていると、小宮が俺のノートを指さした。
「それ、捨てちゃうの?」
「没原稿?」
「うん」
「もう必要ないだろ」
「一応、もらっておこうかな」
「何に使うんだよ」
「またテーブルが揺れたとき」
彼女になっても、作品の用途は変わらないらしい。
俺がノートから数枚を外すと、小宮は最初の原稿を見つけた。
まだ赤い線の少ない、一枚目。
「あ」
小宮が、途中で止まっている文章を指でなぞった。
「そういえば、ここ、聞いてなかった」
笑った顔が、とても。
その先には、何も書いていない。
小宮が俺を見上げた。
「とても、何?」
俺は彼女を見た。
「かわいい」
小宮は、まさにその顔で笑った。
「その先は?」
「いま、全部言った」
「もうちょっと長くしてもいいよ」
俺の告白は、この日初めて、文字数を増やすように言われた。
「好きです」は四文字。
そこに至るまでの言い訳は、だいたい長編になります。
長いタイトルには、読む前からわくわくさせてくれる楽しさがあります。
ただし、自分の恋愛に採用する場合、「実は両想いでした」の部分は相手の確認が必要なようです。
なお、うまくいかなかった原稿にも使い道はあります。
少なくとも、この話ではテーブルを一台救いました。
長い題名から、短い告白、その後の増量依頼まで。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




