闘神と人間の妻
ホープが生まれる前の闘神と人間の妻との出会い
⸻
炎に染まる空の下、神々が領地を奪い合う世界があった。
大地は神の戦場であり、人間はその影の中で生きているに過ぎない。
その中でも、最も恐れられている神がいた。
闘神。
数えきれない神を斬り伏せ、幾つもの領地を奪い、
その城の上には常に血の色の空が広がっていると言われていた。
そんな闘神の城に、ある日――
一人の人間の女が連れて来られた。
彼女には記憶がなかった。
自分が誰なのか。
どこから来たのか。
何も思い出せない。
ただ分かるのは、
目の前にいる男が――
この世界で最も恐れられる神だということだけだった。
⸻
巨大な石の城の謁見の間。
高い玉座に、闘神が座っている。
黒と紅の鎧をまとい、冷たい視線で女を見下ろしていた。
女は縛られてはいない。
だが、周囲には神の兵たちが並び、逃げ場などどこにもない。
女は睨みつけた。
「……あんたがここを治めてる神ってやつ?」
闘神の眉が、わずかに動いた。
静かな声が落ちる。
「言葉遣いを改めろ」
女は舌打ちした。
「知らないわよそんなの。
私は神の召使いになるつもりなんて――」
その瞬間。
闘神が立ち上がった。
それだけで、空気が重く沈む。
神の圧。
人間には耐え難いものだった。
女は思わず膝をつきそうになるが、必死に耐える。
闘神はゆっくり階段を降りてきた。
「お前は選べない」
低く、感情のない声。
「俺の領地にいる人間の生死は、すべて俺が決める」
女の顔が強張る。
闘神は続けた。
「この城の外にいる人間たち。
村、街、農民、子供……」
一瞬だけ視線を外の空へ向ける。
「俺が守るから生きている」
そして女を見下ろした。
「お前が逆らえば――
人間の扱いは変わる」
静かな脅しだった。
だが、それが本気であることは誰でも分かる。
女は拳を握り締めた。
「……卑怯ね」
「そうか」
闘神はあっさり言った。
「神とはそういうものだ」
しばらく沈黙が続く。
女は唇を噛んだ。
やがて、小さく吐き出す。
「……何をすればいいの」
闘神は答えた。
「お前は俺の妻になる」
空気が凍った。
女は思わず叫ぶ。
「何言って――」
闘神の目が冷たく光る。
「言葉遣い」
女は言葉を止めた。
闘神は淡々と言う。
「神は神としか婚姻しない。
だが俺は例外を作る」
「……どうして私なの」
「気まぐれだ」
迷いもなく答えた。
女は呆れた顔をする。
「最低な理由ね」
闘神は興味なさそうに言った。
「構わん」
そして近づく。
女の顎を軽く持ち上げた。
「だが、お前は拒めない」
「……」
「人間を守るか」
静かな声。
「拒むか」
女の視線が揺れる。
長い沈黙のあと――
女は視線を逸らした。
「……分かったわ」
闘神は言う。
「言葉遣い」
女は苛立ちを抑えて言い直す。
「……分かりました」
闘神は満足したように頷いた。
「よろしい」
そして振り返る。
「準備をしろ」
兵たちが動き出す。
「三日後、式を行う」
女は呆然とした。
「早すぎるでしょ!」
闘神は振り向かない。
「神の決定だ」
⸻
三日後。
闘神の城は、戦場とは思えないほど豪華に飾られていた。
神々の世界で、
神と人間の婚姻など前代未聞だった。
城の大聖堂。
無数の炎の灯が揺れ、
黒い石の床に赤い光を落としている。
その中を――
白いドレスを着た女が歩いていた。
ベールが揺れる。
手は震えている。
周囲には神の兵たち。
そして奥には――
闘神。
黒と紅の鎧をまとい、
まるで戦場に立つような姿で立っている。
神官が声を上げる。
「闘神よ。
この人間を妻として迎えることを誓うか」
闘神は迷いなく答えた。
「誓う」
その声は静かだったが、
神の誓いは世界に刻まれる。
次に女へ視線が向く。
「人間よ。
この神を夫とすることを誓うか」
女は一瞬、闘神を見た。
彼はまったく表情を変えない。
冷たい顔。
だが、逃げ道はない。
女は小さく息を吐いた。
そして言った。
「……誓います」
神官が宣言する。
「ここに神と人間の婚姻を認める」
その瞬間。
大聖堂の鐘が鳴り響いた。
神の城に――
初めて人間の花嫁が誕生した。
闘神は静かに女を見下ろす。
そして一言だけ言った。
「これからは」
短く告げる。
「俺の妻だ」
炎の空の下、
神と人間の奇妙な婚姻が始まった。




