表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闘神の子  作者: ありり
番外編
48/48

番外編② 闘神が微笑んだ夜

【番外編】


ある日の昼下がり。


闘神は城の回廊を歩いていた。

その後ろを数名の騎士が控えている。


そのうちの一人が口を開いた。


「闘神様」


闘神は歩みを止めずに答える。


「何だ」


騎士は少し楽しそうに言った。


「もうすぐ城下町で祭りが行われます」


闘神は特に反応を示さない。


城下町の祭り。


それはこの土地で毎年一度行われる、大きな祭りだった。


人間も。

魔族も。

エルフも。


種族の違いなど関係なく集まり、盛大に祝う祭りだ。


闘神の統治する土地だからこそ成り立つ祭りでもあった。


騎士は続ける。


「毎年かなり賑わうそうです」


「屋台もたくさん並びます」


「兵たちも皆、楽しみにしています」


闘神は短く答える。


「そうか」


それだけだった。


闘神はその祭りに、一度も行ったことがない。


大勢の者が集まる場所。


興味はなかった。


祭りとはどういうものなのか。


深く考えたこともない。


騎士は少し考えてから言った。


「……奥方様と行かれてはどうでしょう」


闘神の足がわずかに止まった。


騎士は続ける。


「城の外に出られる機会もあまりありませんし」


闘神は何も言わない。


確かに、妻を城の外へ連れ出すことはほとんどなかった。


危険があるかもしれない。


そう思っていたからだ。


だが、この土地は今、安定している。


闘神は小さく言った。


「……考えておく」


騎士は嬉しそうに頭を下げた。



闘神は私室へ戻った。


扉を開けると、妻が出迎える。


「おかえりなさいませ」


柔らかな声だった。


闘神は言う。


「……もうすぐ」


少し言葉を探す。


「城下町で祭りがあるらしい」


妻の目が少し大きくなる。


「お祭り、ですか?」


「ああ」


闘神は少しだけ間を置いて言った。


「……行くか」


妻は一瞬驚いた。


そしてすぐに、ぱっと顔を明るくする。


「行きたいです!」


嬉しそうだった。


その笑顔を見て、闘神は小さくうなずいた。



祭りの日。


闘神はいつもの鎧を身につけていなかった。


動きやすい、簡素な服装。


城の兵が見ても、すぐには闘神とわからない姿だった。


妻がその姿を見て微笑む。


「新鮮ですね」


闘神は言う。


「今日はお忍びだ」


「闘神と知られると騒ぎになる」


妻はくすっと笑った。


「そうですね」


二人は城を出た。


城下町へ向かう。



町はすでに祭りで賑わっていた。


屋台がずらりと並ぶ。


焼き物の香ばしい匂い。


甘い菓子の香り。


子供たちの笑い声。


祭りの人波の中を、二人はゆっくり歩いていた。


人間も、魔族も、エルフも。


種族の違いなど関係なく、皆が楽しそうに歩いている。


妻は屋台を見て目を輝かせていた。


「すごいですね……」


闘神は静かに周囲を見る。


自分が守っている土地。


だが、こうしてその中に立つのは初めてだった。


その時だった。


「ねえ!」


小さな声が聞こえた。


闘神が振り向く。


そこには一人の子供が立っていた。


五つほどの人間の男の子だ。


その子は闘神を見上げて言った。


「お兄さん、強そう!」


闘神は一瞬、言葉を失う。


子供に声をかけられることなど、ほとんどない。


子供は続ける。


「騎士?」


妻が横でくすっと笑う。


闘神は少し考えて答えた。


「……まあ、そんなところだ」


子供は目を輝かせる。


「やっぱり!」


「ぼくも大きくなったら騎士になる!」


胸を張る。


「この町を守る騎士になるんだ!」


その言葉を聞いた瞬間――


闘神の胸がわずかに揺れる。


子供はさらに続ける。


「父さんも騎士なんだ!」


「すごく強いんだよ!」


誇らしそうに笑う。


闘神はその子を静かに見つめていた。


そして小さく答えた。


「……そうか」


子供は元気よく頷く。


「うん!」


「だからぼくも強くなる!」


そう言うと、友達の元へ走っていった。


闘神はしばらくその背中を見ていた。


胸の奥に、静かな感情が広がる。


――あのくらいの年だろうか。


脳裏に、小さな赤子の姿が浮かぶ。


生まれたばかりの、小さな命。


自分の指を握った、あの小さな手。


だがその子は今、城にはいない。


遠く離れた村で、人間として育てられている。


それは自分が決めたことだ。


神々の争いから遠ざけるため。


守るために。


だが――


祭りの中で笑う子供を見ると、


胸の奥が、わずかに痛む。


あの子も、今頃


こんなふうに笑っているのだろうか。


妻が隣で静かに言った。


「闘神様」


闘神が見る。


妻は優しく微笑んでいた。


何も聞かない。


何も言わない。


ただ、そっと闘神の手を握る。


闘神はその手を握り返した。


そして再び歩き出す。



しばらくして、妻が足を止めた。


射的の屋台だった。


並ぶ景品の中に、小さなクマのぬいぐるみがある。


妻は少し照れながら言う。


「……可愛いですね」


闘神は短く言った。


「欲しいのか」


妻は小さく頷く。


闘神は屋台の前に立つ。


「俺がやる」


一度目。


――外れた。


闘神の眉がわずかに動く。


二度目。


今度はしっかり狙う。


景品が倒れ、クマのぬいぐるみが落ちた。


妻の顔がぱっと明るくなる。


「すごい!」


嬉しそうにぬいぐるみを抱える。


その姿を見て、闘神の頬もわずかに緩んでいた。


闘神は心の中で思う。


――悪くないな。



やがて夜。


空に光が上がる。


次の瞬間


大きな花火が夜空に広がった。


闘神は見上げる。


こんな近くで見るのは初めてだった。


妻が言う。


「綺麗ですね」


闘神は答える。


「……ああ」


二人は並んで空を見ていた。



城へ戻る道。


闘神は妻の手を引いていた。


妻はクマのぬいぐるみを抱えている。


だが途中で、妻がそのぬいぐるみをそっと見つめた。


そして小さく言う。


「……あの子に、似ていますね」


闘神が見る。


妻はぬいぐるみを優しく撫でた。


「いつか」


静かな声だった。


「あの子に渡したいです」


闘神は何も言わない。


ただそのぬいぐるみを見ていた。


小さなクマ。


遠く離れた場所で育っている、小さな命。


闘神は視線を前に戻す。


そして静かに歩き続けた。


妻はクマのぬいぐるみを大事そうに抱えていた。


まるで――


まだ会えない息子を抱くように。



二人はしばらく無言で歩いていた。


夜風が静かに吹く。


祭りの喧騒は少しずつ遠ざかり、

城の灯りが見えてくる。


闘神は妻の手を引いたまま歩いていた。


その手は、いつの間にか自然に握られている。


城門の前に立つ騎士たちが、二人の姿に気づいた。


「おかえりなさいませ、闘神様」


騎士たちは頭を下げる。


闘神は小さく頷いた。


「……ああ」


それだけ答える。


妻はクマのぬいぐるみを大事そうに抱えていた。


その様子を見て、騎士の一人がふと顔を上げる。


そして――


思わず目を見開いた。


闘神の表情がいつもと違っていたからだ。


戦場で見せる冷たい顔でもなく。


神としての威厳に満ちた顔でもない。


静かで穏やかな表情だった。


ほんのわずかに。


だが確かに、頬が緩んでいる。


騎士は言葉を失った。


闘神と妻はそのまま城の奥へと歩いていく。


妻はぬいぐるみを抱え、嬉しそうに歩いている。


闘神はその隣を静かに歩く。


その背中は、いつもと変わらない。


だが――


表情だけが違っていた。


騎士はしばらくその背中を見送っていた。


そしてぽつりと呟く。


「……今の」


隣の騎士が聞く。


「どうした」


その騎士は小さく言った。


「闘神様が……」


少し迷いながら続ける。


「……微笑んでいた」


「は?」


隣の騎士は眉をひそめる。


「何言ってる」


「闘神様が笑うわけないだろ」


だがその騎士は首を振った。


「いや、間違いない」


「確かに見たんだ」


「闘神様は……」


言葉を探しながら言う。


「とても穏やかな顔をしていた」


その夜、城の兵舎では、小さな噂が流れ始めていた。


「聞いたか?」


「何をだ」


「闘神様のことだ」


騎士たちが顔を上げる。


「闘神様がどうした」


その騎士は声を潜めて言う。


「……微笑んでいたらしい」


一瞬、沈黙が落ちる。


「は?」


「嘘だろ」


「闘神様が?」


誰も最初は信じなかった。


闘神は常に冷静で、威厳に満ちた存在だ。


戦場では神々すら恐れる存在。


そんな闘神が微笑むなど――


想像もできない。


だがその騎士ははっきりと言った。


「間違いない」


「俺は確かに見た」


少し考えて、続ける。


「闘神様は」


ゆっくり言った。


「とても穏やかな顔をしていた」


まるでただの一人の男のように。


その噂は、しばらくの間――


城の騎士たちの間で語られることになった。


闘神が妻と祭りへ行き


そして微笑んだ夜の話として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ