抱擁
秋の午後。
城の訓練場には、剣の音が響いていた。
騎士見習いたちは汗を流しながら、何度も剣を振っている。
その中でも――
やはり目立つ少年がいた。
ホープ。
十三歳。
踏み込みが速く、迷いがない。
教官の騎士が声を上げる。
「そこまで!」
見習いたちは一斉に剣を下ろす。
休憩の時間だった。
少年たちは水を飲みながら、笑い合っている。
ガルドが大きく笑った。
「はあ!いい汗かいた!」
ルークが肩で息をしながら言う。
「お前声でかいんだよ」
ガルドが胸を叩く。
「元気だからだ!」
少し離れた場所では、セリアが弓を拭いていた。
ルークが言う。
「相変わらず当ててたな」
セリアは静かに答える。
「外す方が難しい」
ルークが笑う。
「それ言えるの、お前だけだ」
その少し離れた場所。
ホープは一人で剣を拭いていた。
まだ汗が額に残っている。
ガルドが遠くから声をかける。
「ホープ!」
手を振る。
「次は俺とやろう!」
ルークが言う。
「また潰す気か」
ガルドが笑う。
「鍛えるんだ!」
ホープが少し笑う。
「あとでな!」
そのとき、
訓練場の端に、一人の女性が立っていた。
白い衣。
長い黒髪。
城の奥方――
闘神の妻。
彼女は時々、ここへ来る。
兵や騎士たちも慣れていた。
ただ静かに訓練を見ているだけのことが多い。
セリアが気づいた。
「あ……」
ルークが振り向く。
「奥方様だ」
ガルドも見る。
「花園の人だな」
ホープもそれに気づいた。
「あ」
少し慌てて立ち上がる。
そして頭を下げる。
「奥方様」
妻は小さく微笑む。
「こんにちは」
柔らかい声。
ホープは少し照れくさそうに笑う。
「見てたんですか」
妻は頷く。
「少しだけ」
そして言う。
「強くなりましたね」
ホープは驚いた顔をする。
「え?」
「この前より」
妻は訓練場を見る。
「剣が速くなっています」
ルークが小さく笑う。
「確かに」
ガルドが言う。
「前より強い!」
セリアも静かに言う。
「動きが変わった」
ホープは少し照れる。
「本当ですか」
そして少し誇らしそうに言う。
「闘神様にまた挑めるくらいには」
その言葉を聞いた瞬間。
妻の胸が、静かに揺れる。
だが顔には出さない。
ただ優しく言う。
「きっと」
「そうなりますよ」
ホープは嬉しそうに頷いた。
そのときふと風が吹く。
少年の髪が揺れる。
その顔を見た瞬間。
妻の胸の奥で、何かが弾けた。
十三年前の夜。
小さな赤子。
泣き声。
自分の腕の中。
あの温もり。
そのすべてが、一瞬でよみがえる。
この子だ。
目の前にいる少年。
自分の子。
十三年間、触れることすらできなかった命。
胸の奥から、何かが溢れる。
理性よりも先に。
体が動いた。
妻は一歩近づく。
そして――
抱きしめた。
突然だった。
ホープの体が、腕の中に入る。
少年は完全に驚いた。
「え……?」
ルークが目を丸くする。
「おい……」
ガルドが小さく呟く。
「どうしたんだ?」
セリアも静かに見ていた。
体が固まる。
何が起きたのか分からない。
妻は何も言わない。
ただ強く抱きしめている。
震える腕で。
ホープは戸惑う。
「奥方様……?」
だが抵抗はしない。
腕の中の女性は。
とても震えていた。
そして温かかった。
しばらくして。
妻はゆっくり体を離した。
目には涙が浮かんでいる。
だがすぐに微笑んだ。
「……ごめんなさい」
少し困ったように言う。
「あなたが」
息を整える。
「とても頑張っているように見えたので」
ホープはまだ驚いていた。
だが、少し照れたように笑う。
「い、いえ……」
頭をかく。
「びっくりしました」
ガルドが小声で言う。
「羨ましいな」
ルークが小さく笑う。
「お前は黙ってろ」
ホープは少し笑う。
「でも」
少し照れながら言う。
「なんか……」
言葉を探す。
「嫌じゃなかったです」
妻の胸が静かに揺れる。
ホープは言う。
「奥方様って」
少し首を傾ける。
「なんか」
「母みたいで」
その言葉に。
妻の目が揺れた。
セリアが静かに息を飲む。
ルークもガルドも言葉を失う。
だが妻は何も言わない。
ただ静かに微笑んだ。
そして心の中で。
小さく呟く。
あなたの母ですよ。
声には出さずに。




