9歳 守りたい日常
ホープ九歳、春の朝。
闘神の領地の小さな村では、ゆっくりと一日が始まっていた。
パン屋の煙突から煙が上がり、
鍛冶屋では朝から鉄を打つ音が響いている。
村の広場にはすでに人が集まっていた。
人間の商人。
森から来たエルフ。
角の生えた魔族の鍛冶師。
それでも誰も驚かない。
ここではそれが当たり前だった。
闘神の領地では、種族の違いは争いの理由にはならない。
それが、この土地の決まりだった。
⸻
村の広場。
「ホープ!」
声が飛んできた。
振り向くと、長い耳の少年が走ってくる。
エルフの子供だ。
「もう来てたの?」
ホープが笑う。
「うん!」
その後ろから、もう一人やってくる。
少し背の高い、角の生えた少年。
魔族の子だ。
「遅いぞ」
腕を組む。
ホープが言う。
「ごめんごめん」
木剣を持ち上げる。
「今日はこれ!」
エルフの少年が目を輝かせる。
「剣の遊び?」
魔族の少年が笑う。
「いいな!」
三人は広場の端へ走っていく。
そこにはいつもの遊び場があった。
木の棒を拾う。
ホープが言う。
「今日は騎士ごっこ!」
エルフの少年が聞く。
「騎士?」
ホープが胸を張る。
「うん!」
木剣を構える。
「ぼく、騎士になるから!」
魔族の少年が笑う。
「またそれか」
ホープが言う。
「本気だよ」
エルフの少年が聞く。
「どうして?」
ホープは少し考える。
そして広場を見る。
パン屋のおじさん。
市場の人たち。
笑っている村の人々。
ホープが言う。
「守るため」
魔族の少年が言う。
「何を?」
ホープは言う。
「この村」
少し真剣な顔になる。
「みんな」
エルフの少年が少し考える。
「でも」
首をかしげる。
「ここは平和だよ」
ホープがうなずく。
「うん」
そして言う。
「闘神様がいるから」
魔族の少年が言う。
「確かに」
腕を組む。
「闘神様は強い」
エルフの少年が言う。
「闘神様の奥さんは人間なんだって」
ホープがうなずく。
「うん」
魔族の少年が驚く。
「神と人間?」
エルフの少年が言う。
「すごいよね」
ホープが笑う。
「でも」
広場を見る。
「ここでは普通だよ」
エルフの少年が言う。
「そうだね」
指をさす。
「あそこ見て」
広場の端。
人間の女性と魔族の男が話している。
魔族の少年が言う。
「あれ、うちの親戚だ」
ホープが言う。
「仲良しだよね」
エルフの少年が笑う。
「この村って変わってる」
ホープが言う。
「いい意味でね」
木剣を握る。
「だから守りたい」
魔族の少年が言う。
「お前が?」
ホープが笑う。
「うん!」
剣を振る。
「騎士になるから!」
エルフの少年が笑う。
「じゃあ」
木の棒を構える。
「ぼくも騎士!」
魔族の少年も笑う。
「俺は魔族騎士だ!」
三人が構える。
ホープが言う。
「じゃあ勝負!」
カン!
木の棒がぶつかる。
笑い声が広場に響く。
その向こうでは、
人間も、エルフも、魔族も
いつものように暮らしていた。
穏やかな村。
種族の違いが争いにならない土地。
ホープは剣を振りながら思った。
この場所を守りたい。
確かに少年の胸に芽生えていた。




