赤ん坊を連れ帰った夜
十三年前の夜。
闘神の領地の外れにある小さな村。
雪が静かに降っていた。
村の灯りはほとんど消えている。
その中を、一人の騎士が歩いていた。
黒い外套。
闘神の騎士。
ホープの育ての父だった。
腕の中には――
赤ん坊。
小さく、布に包まれている。
泣いてはいない。
ただ静かに眠っていた。
騎士は家の前で足を止める。
しばらく扉を見つめる。
そして静かに開けた。
⸻
家の中。
暖炉の火が小さく燃えている。
妻が振り向いた。
「……おかえりなさい」
だが夫の腕の中のものを見て目が止まる。
「……それ」
騎士はしばらく何も言わなかった。
ただ赤ん坊を見ている。
そして言った。
静かな声で。
「託された」
妻が近づく。
赤ん坊を見る。
まだ小さい。
生まれて間もない。
「どこで?」
騎士は答える。
「城だ」
妻の目が揺れる。
「城……?」
騎士は頷く。
「闘神様の城」
そして小さく息を吐く。
「今日」
少し間を置く。
「闘神様の奥方様が子を産んだ」
妻が驚く。
「え……?」
騎士は続ける。
「男の子だった」
その瞬間、
妻の顔が変わる。
闘神の子。
それが何を意味するのか、この土地に住む者なら分かる。
騎士は言う。
「闘神様は」
赤ん坊を見る。
「男なら城では育てないと」
妻が口元を押さえる。
「そんな……」
騎士は続ける。
「だから」
小さく言う。
「俺に託された」
沈黙。
暖炉の火が揺れる。
妻は赤ん坊を見る。
小さな顔。
小さな手。
指がわずかに動く。
そして小さく声を出す。
「……かわいい」
騎士は言う。
「神の子だ」
妻が言う。
「それでも」
赤ん坊の頬に触れる。
「ただの赤ちゃんよ」
騎士は黙る。
妻はゆっくり言う。
「この子」
目を上げる。
「どうするの?」
騎士は答えない。
しばらくして低く言う。
「……育てる」
妻の目が揺れる。
騎士は続ける。
「ここで」
「人間として」
妻が言う。
「でも」
「神々が知ったら」
騎士は頷く。
「だから」
赤ん坊を見る。
「誰にも言わない」
妻はしばらく赤ん坊を見つめていた。
そして手を伸ばす。
「……抱いていい?」
騎士は頷く。
妻が赤ん坊を抱く。
とても軽い。
赤ん坊が目を少し開けた。
妻の顔を見る。
そして小さく指を握る。
妻の目から涙が落ちた。
「……この子」
小さく笑う。
「強く生きそうね」
騎士が言う。
「名前がある」
妻が顔を上げる。
「名前?」
騎士は言う。
「奥方様がつけた」
静かに。
「ホープ」
妻はその名を繰り返す。
「ホープ……」
赤ん坊を見る。
そして優しく言う。
「希望」
少し笑う。
「いい名前ね」
騎士が言う。
「この子は」
赤ん坊を見る。
「闘神様の子だ」
そして小さく言う。
「いつか」
「戦いに巻き込まれる」
妻は赤ん坊を抱きしめる。
そして静かに言った。
「それでも」
優しい声。
「今は」
赤ん坊の頭を撫でる。
「私たちの子よ」
暖炉の火が揺れる。
その夜この家に、
一人の赤ん坊が迎えられた。
闘神の子、ホープ。




