時の神と人間の女
それから数日。
妻は再び部屋に籠るようになった。
食事は最低限だけ口にする。
侍女が話しかけても、ほとんど答えない。
窓の前に座っている時間が長かった。
花園へも行かない。
あの日まで、少しずつ戻っていた笑顔も――
もう見えなかった。
⸻
闘神はすぐに異変に気づいた。
侍女たちは何も知らないと言う。
妻は体調も悪くない。
それでも明らかに様子がおかしい。
闘神の胸の奥が、静かにざわつく。
そしてその夜。
闘神は妻の部屋の扉を開けた。
部屋は暗い。
灯りは一つだけ。
妻はベッドに座っていた。
窓の外を見ている。
闘神が入ってきても、振り向かない。
闘神はしばらく立っていた。
そして低く言う。
「……何があった」
妻は答えない。
闘神はもう一度言う。
「体調ではない」
沈黙。
「何があった」
妻はゆっくり言った。
「……何もありません」
その声は静かだった。
だが明らかに、何かを隠している。
闘神の眉がわずかに動く。
「嘘だ」
妻は黙る。
闘神は一歩近づく。
「こちらを見ろ」
妻は動かない。
視線は窓の外。
闘神の声が少し低くなる。
「こちらを見ろ」
それでも妻は動かない。
闘神の胸の奥に、苛立ちが生まれる。
戦場では、すぐに答えが出る。
だが今は何も分からない。
闘神は妻の前に立った。
そして――
妻の手首を掴んだ。
「……っ」
妻の体がわずかに揺れる。
闘神は強く掴んでいた。
「何があった」
低い声。
「言え」
妻はゆっくり顔を上げた。
はじめて闘神を見る。
その目は――
とても静かだった。
怒りもない。
涙もない。
ただどこか遠くを見ている目。
そして妻は言った。
小さく。
はっきりと。
「……私は」
闘神の手の中で。
ゆっくり言う。
「あなたが愛している」
一瞬、言葉が止まる。
そして続けた。
「時の神ではありません」
闘神の手が、わずかに止まった。
妻は続ける。
「知りました」
静かな声。
「あなたが愛していた神」
「その生まれ変わりが私だということ」
闘神の瞳が揺れる。
妻は目を逸らさない。
「だから」
小さく息を吐く。
「私を妻にしたのですね」
闘神は何も言えない。
妻の声は静かだった。
だがその言葉は、刃のようだった。
「あなたが見ているのは」
妻は言う。
「私ではありません」
胸の奥が締めつけられる。
妻は続ける。
「……時の神です」
そして小さく言った。
「私は」
一瞬だけ目を伏せる。
「その代わりです」
部屋の空気が止まる。
闘神の手はまだ妻の手首を掴んでいる。
だが今度は――
闘神の方が、言葉を失っていた。




