表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闘神の子  作者: ありり
闘神の妻
22/48

神の代わり

花園の散歩から、数日が過ぎた。


城の空気は少しずつ変わっていた。


妻の顔色は戻り、歩く足取りも軽くなっている。


食事も普通に取るようになり、侍女たちも安心していた。


闘神も、表には出さないが――

胸の奥では、静かに安堵していた。


あの日、花園で見た。


小さな微笑み。


それだけで十分だった。


失われたものは戻らない。


だが、

それでも彼女が前を向き始めている。


それだけでよかった。



その夜。


妻は久しぶりに闘神の部屋へ向かっていた。


給仕をするためでもあるが。


それ以上に――


自分から行こうと思ったのは、久しぶりだった。


廊下を静かに歩く。


城の灯りが揺れている。


妻は思う。


闘神は今日も戦から戻っている。


少し疲れているように見えた。


だから。


「お茶でもお出ししましょう」


そんなことを考えていた。


部屋の近くまで来たとき。


角の向こうから、声が聞こえた。


神兵たちだった。


「本当なのか?」


「聞いたぞ」


妻は足を止める。


兵たちは気づいていない。


話は続いていた。


「闘神様が人間を妻にした理由」


妻の心が、わずかに動く。


兵が言う。


「昔、愛していた神がいたらしい」


別の兵が答える。


「ああ」


「時の神だろう」


妻の呼吸が止まる。


兵は続けた。


「すごい力を持つ神だったらしいな」


「神々が恐れて消そうとしたとか」


「それで時の神自らが転生したって話だ」


妻の指が、ゆっくり震える。


兵は笑うように言った。


「その生まれ変わりが、今の奥方様らしい」


もう一人が言う。


「だから連れてきたんだろ」


「人間なのに妻にした理由、それしかない」


「つまり」


少し声を落として。


「闘神様が愛してるのは」


「奥方様じゃない」


「時の神だ」


妻の足元が、ぐらりと揺れた。


兵たちはまだ話している。


「まあ、奥方様も大変だな」


「ただの人間なのに」


「神の代わりにされてるんだから」


笑い声が遠くで響く。


だが妻には、もう何も聞こえていなかった。



廊下に一人。


妻は立ち尽くしていた。


頭の中が真っ白だった。


思い出す。


闘神の目。


時々、自分を見ていないような目。


あの時、自分が言った言葉。


「私ではない誰かを見ているようです」


あれは間違っていなかった。


妻の胸の奥で、何かが静かに崩れていく。


「……そうだったんですね」


小さく呟く。


闘神が優しかった理由。


城に置いた理由。


妻にした理由。


全部。


自分ではなかった。


自分はただ。


別の女性の影。


生まれ変わり。


代わり。


それだけ。


妻の胸が締めつけられる。


「……私を」


声が震える。


「見ていたわけでは……」


涙が溢れる。


止まらない。


それでも声を出さない。


ただ静かに、

その場で涙を流した。


久しぶりに胸の奥が、

また深く崩れていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ