小さな花園
数週間が過ぎた。
妻の体調は少しずつ戻っていた。
食事も取れるようになり、
部屋の中を歩くこともできる。
それでも城の空気はどこか静かだった。
子のことを、
二人とも口にしない。
闘神も。
妻も。
ただ時間だけが流れていた。
⸻
ある日の昼。
闘神は珍しく早く城へ戻っていた。
私室の窓から外を見ている。
そこへ妻が入ってきた。
いつものように頭を下げる。
「お呼びでしょうか」
闘神は振り向いた。
少しだけ彼女を見てから言う。
「……外へ出る」
妻は一瞬、驚いた顔をした。
「外……ですか」
闘神は短く言う。
「散歩だ」
妻は言葉を失う。
城に来てから。
外に出ることは許されていなかった。
闘神は続ける。
「城の外ではない」
窓の向こうを指す。
「城の中の庭だ」
そして少し間を置いて言う。
「花園がある」
妻は静かに闘神を見る。
しばらく黙ってから、小さく頷いた。
「……はい」
⸻
城の奥。
高い壁に囲まれた場所。
そこには、小さな花園があった。
闘神の領地は戦場が多い。
だがこの場所だけは違った。
色とりどりの花が咲いている。
白い花。
青い花。
小さな野花。
風が静かに揺らしている。
妻はゆっくり歩く。
「……きれい」
思わず声が漏れた。
闘神は少し離れて歩いている。
何も言わない。
ただ妻の様子を見ている。
妻は花を見つめる。
そっと触れる。
その表情は、まだ少し硬い。
笑ってはいない。
ただ穏やかな顔だった。
しばらく歩いたあと。
闘神が言う。
「ここは」
低い声。
「誰も来ない」
妻は振り向く。
「闘神様だけですか」
「……そうだ」
短い答え。
妻はまた花を見る。
少しだけ風が吹く。
その時、
闘神の手が動いた。
妻の手を――
そっと取った。
妻が驚く。
「……」
闘神は何も言わない。
ただ手を握る。
強くではない。
逃げない程度に。
静かに妻は闘神を見る。
その顔はいつものように無表情だった。
何も語らない。
だが手だけは離さない。
しばらく沈黙が流れる。
風が花を揺らす。
妻はもう一度花を見た。
そして、
ゆっくり。
ほんの少しだけ。
微笑んだ。
とても小さな笑顔。
それは、ここに来てから初めてのものだった。
闘神はそれを見ていた。
何も言わない。
ただ、
その手を離さないまま。
二人は花園の中を、静かに歩いていた。




