絶望の出産
冬の夜だった。
城の外では冷たい風が吹き、
空は赤い雲に覆われている。
闘神の城の奥――
灯りが消えない部屋が一つあった。
出産の部屋。
妻はベッドの上で苦しんでいた。
「……っ」
汗が額から流れる。
侍女と医師が周りにいる。
「奥方様、もう少しです」
妻は歯を食いしばる。
腹を抱えながら、何度も息を吐く。
痛みの波が来る。
「……ああっ」
手がシーツを掴む。
だがその目は、扉の方を見ていた。
そこに――
闘神が立っている。
腕を組み、無言で見ている。
表情は変わらない。
だが、ここを離れない。
妻はその姿を見るたびに、
少しだけ呼吸を整える。
そして――
大きな痛みが来た。
医師が声を上げる。
「もうすぐです!」
妻は叫んだ。
「……っ!」
そして、
赤子の泣き声が響いた。
部屋の空気が止まる。
医師が赤子を抱き上げる。
侍女が息を飲む。
医師はゆっくり闘神を見る。
その目には、わずかな迷いがあった。
静かに言う。
「……男の子です」
妻の顔から血の気が引いた。
その言葉の意味を、知っている。
闘神は動かない。
何も言わない。
ただ赤子を見ていた。
小さな命。
まだ目も開かない。
弱く、
か細い泣き声。
人間の赤子だった。
妻は必死に手を伸ばす。
「……抱かせてください」
医師は躊躇するが、
赤子を妻に渡す。
妻は赤子を胸に抱いた。
涙が止まらない。
「……この子」
震える声。
「この子は……」
闘神を見る。
必死だった。
「お願いです」
声が崩れる。
「この子を……」
涙が溢れる。
「育てさせてください」
闘神は近づく。
ゆっくり。
妻の前に立つ。
そして赤子を見る。
小さな命。
神の血を引いている。
だが。
男。
沈黙。
長い沈黙。
妻は必死に言う。
「お願いです」
赤子を強く抱く。
「この子はまだ……」
「分かっている」
闘神の声が落ちた。
低い声だった。
そして、
闘神は赤子を抱き上げた。
妻が叫ぶ。
「待ってください!」
闘神は赤子を見ている。
小さい。
弱い。
壊れそうな命。
妻は泣きながら言う。
「お願いします!」
「……」
「連れていかないでください!」
その声は悲鳴だった。
だが闘神は静かに言った。
「約束だ」
妻の涙が止まらない。
「そんな約束……」
「男なら許さない」
闘神の声は揺れない。
妻は泣き崩れる。
「……お願い……」
闘神はしばらく赤子を見ていた。
そして、
一度だけ妻を見る。
その目には、ほんのわずかな迷いがあった。
だが、
闘神は背を向けた。
赤子を抱いたまま部屋を出る。
妻の声が追いかける。
「返してください!!」
泣き叫ぶ声。
「お願い……!」
扉が閉まる。
妻の号泣だけが部屋に残る。
⸻
深夜。
城の外。
雪が降り始めていた。
闘神は赤子を抱いたまま立っている。
その前には、
一人の人間の男。
闘神の配下の騎士。
「この子を育てろ」
騎士は震えていた。
「闘神様……これは」
「人間として育てろ」
闘神は言う。
「親のことは教えるな」
騎士は深く頭を下げた。
「……承知しました」
闘神は赤子を見る。
赤子は泣いている。
小さな手が動く。
闘神の指に触れた。
一瞬。
闘神の手が止まる。
ほんの一瞬。
だが、
闘神は赤子を騎士に渡した。
騎士が抱く。
赤子の泣き声が少し遠くなる。
闘神は背を向ける。
そして城へ戻る。
その背中は、いつもと同じだった。
だが、
城の奥。
妻の泣き声は、まだ止まっていなかった。




