妻の妊娠
戦のあとも、城の時間は静かに流れていた。
闘神はいつものように振る舞っている。
妻も、いつものように側で仕えている。
だが――
闘神の胸の奥の迷いは、消えていなかった。
時の神を愛していた過去。
そして今、城の中にいる人間の妻。
同じ存在なのか。
それとも違う存在なのか。
答えは出ないままだった。
⸻
ある日の朝。
妻は給仕の途中で手を止めた。
皿を持ったまま、少しだけふらつく。
闘神が気づいた。
「どうした」
妻は慌てて姿勢を正す。
「……申し訳ございません」
だが顔色が少し悪い。
闘神は立ち上がる。
「座れ」
「いえ、大丈夫です」
「座れ」
命令だった。
妻は静かに椅子に腰掛けた。
闘神はしばらく彼女を見ていた。
そして言う。
「医師を呼ぶ」
妻は驚いた。
「そこまででは……」
闘神は聞かない。
兵に命じる。
城の医師がすぐに来た。
しばらくして――
医師が静かに頭を下げる。
「闘神様」
闘神の目が細くなる。
「言え」
医師は答えた。
「奥方様は……」
一瞬だけ言葉を選ぶ。
「身籠っておられます」
部屋が静まり返った。
妻は目を見開く。
「……え」
自分の腹に手を当てる。
信じられないという顔。
「……本当に?」
医師は頷く。
「はい」
妻の目に涙が浮かぶ。
小さく笑った。
「……そうですか」
そして闘神を見る。
だが闘神は黙っていた。
顔はいつものまま。
何も変わらない。
医師が去ったあと。
部屋には二人だけが残る。
妻はゆっくり闘神の前に立った。
そして頭を下げる。
「お願いがございます」
闘神は答えない。
妻は続ける。
「この子を……」
声が震える。
「産ませてください」
闘神の目がわずかに動く。
妻は必死だった。
「お願いです」
腹に手を当てる。
「育てたいのです」
闘神はしばらく黙っていた。
そして低く言う。
「まだ分からん」
妻は顔を上げる。
「……え」
闘神の声は冷たい。
「子が」
少し間を置く。
「女なら」
妻の呼吸が止まる。
「育てることを許す」
そして続ける。
「だが」
闘神の目が暗くなる。
「男なら許さない」
妻の顔から血の気が引く。
「……どうして」
闘神は答えない。
妻は一歩近づく。
「お願いです」
涙がこぼれる。
「男でも……」
「駄目だ」
闘神の声は絶対だった。
「男なら」
静かに言う。
「この城では育てない」
妻は震える。
「そんな……」
闘神は背を向けた。
それ以上話す気はない。
だが妻は諦めない。
後ろから言う。
「それでも」
声は震えている。
「私は産みます」
闘神が止まる。
妻は続ける。
「この子は……」
腹を抱く。
「私の子です」
そして静かに言った。
「あなたの子でもあります」
闘神の拳がわずかに握られる。
だが振り向かない。
ただ低く言う。
「……女であることを祈れ」
その言葉だけ残して。
闘神は部屋を出て行った。
妻はその場に立ったまま。
腹に手を当てる。
涙が落ちる。
それでも小さく言った。
「……大丈夫」
まるで、
お腹の中の命に語りかけるように。
「あなたを守ります」
静かな城の奥で。
神と人間の子が、
まだ小さな命として息づいていた。




