闘神の迷い
城の廊下を、闘神は無言で歩いていた。
石の床に鎧の足音だけが響く。
いつもと同じ。
何も変わらない夜のはずだった。
だが――
胸の奥が、静かに乱れていた。
闘神は止まる。
城壁の窓から赤い空が見える。
その空を見ながら、闘神は思い出す。
先ほどの言葉。
「あなたは私を見ていません」
そして、
「他の誰かを見ているようです」
闘神は目を閉じた。
「……」
確かにそうだった。
自分が愛していたのは――
時の神。
あの女神だった。
静かで、穏やかで、
神でありながら争いを嫌った存在。
あの神を守るためなら、
神々すべてを敵に回しても構わなかった。
だからこそ。
彼女が消えたあとも、
何百年も探し続けた。
転生した彼女を。
それは、
愛していたからだ。
それ以外に理由などない。
闘神はずっとそう思っていた。
だから――
人間の女を見つけたとき
迷いはなかった。
力もない。
神の気配もない。
ただの人間。
それでも確信した。
彼女だ。
だから連れてきた。
記憶を消して。
城に閉じ込めた。
妻として。
それは当然のことだった。
そう思っていた。
だが、
闘神はゆっくり目を開ける。
「……では」
小さく呟く。
「今のこれは、何だ」
胸の奥にあるもの。
あの女の顔。
怒る顔。
反抗する顔。
そして――
頭を下げる姿。
静かに立つ姿。
頬を叩いたときの顔。
怒りもしない。
恨みもしない。
ただ
「申し訳ありません」
そう言っただけだった。
闘神の拳が、わずかに握られる。
「……」
あれは、
時の神ではない。
あの神は、あんな顔はしなかった。
あんな声で謝ったりもしない。
あんな風に人間らしく、震えたりもしない。
違う存在だ。
だが、
それでも闘神は思う。
彼女が城にいないとき。
城のどこかにいると分かっていないとき。
ほんの少し、
胸が落ち着かない。
声を聞くと少しだけ静かになる。
それは――
何だ。
闘神は空を見上げる。
赤い雲が流れていく。
「……俺は」
低く呟く。
「何をしている」
探していたのは、
時の神。
愛していたのも、
時の神。
だからこそ転生した彼女を探し続けた。
だが、
城の中にいる女は、
記憶もない。
力もない。
ただの人間。
別の存在。
それなのに。
胸の奥で、確かに何かが芽生えている。
闘神はそれを認めたくなかった。
だが完全に否定もできない。
闘神は小さく息を吐いた。
「……」
静かな声。
「分からん」
それは、神とは思えない言葉だった。
戦いでは迷わない。
神々を斬るときも迷わない。
だが――
この感情だけは。
闘神にも、まだ分からなかった。




