妻の役割
神々が領地を争う世界。
闘神の城は、戦場の中心にあった。
だが、その城の奥――
神の私室は、意外なほど静かだった。
⸻
結婚式から数日後。
人間の花嫁は、城の一室を与えられた。
だがそれは、王妃の部屋ではない。
侍女の部屋だった。
簡素な部屋。
妻は窓の外を見ていた。
城の外には城壁と兵、そして遠くの人間の村が見える。
だがそこへ行くことはできない。
この城での彼女の役割は、すでに決められていた。
闘神の侍女。
そして――
闘神の妻。
その二つは、この城では同じ意味だった。
⸻
夜。
重い扉をノックする音がした。
妻はすぐに立ち上がる。
扉を開けると、闘神が立っていた。
黒い服のまま、戦の気配をまとった男。
妻は少しだけ身構える。
だが、すぐに頭を下げた。
「……お帰りなさいませ」
闘神は部屋に入る。
「酒を」
短い命令。
妻は頷いた。
「かしこまりました」
テーブルに酒を用意し、杯に注ぐ。
闘神は椅子に腰掛け、黙ってそれを飲んだ。
静かな時間が流れる。
妻は少し離れて立っていた。
侍女のように。
いや――
実際、侍女なのだ。
しばらくして、妻が口を開いた。
「……お聞きしてもよろしいでしょうか」
闘神の視線がわずかに動く。
「許可はしていない」
冷たい声。
だが妻は続けた。
「それでも……お聞きしたいことがあります」
闘神は杯を置いた。
「言え」
妻は少し迷ったあと、言った。
「なぜ……」
一度言葉を選び直す。
「なぜ、人間の私を妻にしたのですか」
沈黙。
炎の灯りが揺れる。
闘神は妻を見上げた。
その目は、冷たい。
「質問することは許さない」
妻は目を伏せた。
「……申し訳ございません」
闘神はしばらく黙っていた。
そして言う。
「お前は妻だ」
妻は顔を上げる。
だが続く言葉は冷たかった。
「だが役割は侍女と変わらない」
「……」
「身の回りの世話」
指を一本立てる。
「給仕」
もう一本。
そして最後に、淡々と告げた。
「夜の相手」
妻の手が、わずかに震えた。
だが彼女はすぐに頭を下げた。
「……承知しました」
闘神は立ち上がる。
妻の前まで歩いてくる。
「それと」
低い声。
「お前は城の外へ出ることを許さない」
妻は少しだけ驚いた。
「……外、ですか」
「そうだ」
闘神は言う。
「お前はこの城のものだ」
妻はゆっくり頷いた。
「かしこまりました」
闘神はしばらく彼女を見ていた。
そして言う。
「言葉遣いは理解したようだな」
妻は答える。
「はい」
「最初よりはまともだ」
それだけ言って、闘神は背を向ける。
妻は慌てて言った。
「お休みになりますか」
「いや」
闘神は振り返らない。
「来い」
短い命令。
妻は一瞬だけ目を閉じた。
そして言った。
「……かしこまりました」
その声は、すでに出会ったときとは異なっていた。
神の城の奥。
人間の妻は――
今日も静かに、闘神に仕えていた。




