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どんでん返しの無い世界

作者: 雨水月

神は飽きていた。


映画の全てにどんでん返しがあることに。絶望的な展開、その後、意外な事実が判明する。全ての設定を台無しにし、都合がいいように話を変える。伏線と呼ばれてもいる。


だが、神はそれが嫌いだった。


そこで彼はどんでん返しの無い世界を作った。


NO.1 血の部屋

その部屋は痛みを感じている限り生きることができる。


被験者は常に、ナイフで太腿を刺すことを強制される。


神はその部屋に男を一人連れてきた。彼は最初は絶望していたが、次第に痛みに慣れ、ルールを理解する。彼は、ルールの奥の主催者の意図を学び、脱出を探る。


人間はどこまでも強い。


だが、脱出できない。なぜならどんでん返しの無い世界である。


そして、彼は絶望し、死を選ぶ。どんでん返しは起きない。


NO.2 永遠の階段

次に神が作ったのは、上にも下にも続く無限の階段だった。


一人の女が目覚めると、そこにいた。階段は白い石で作られ、手すりも壁もない。ただ上と下へと続くだけ。


彼女は上に向かって歩き始めた。一歩、二歩、百歩、千歩。足は疲れ、息は切れるが、景色は変わらない。同じ白い階段が続くだけ。


三日目、彼女は下に向かうことを決めた。もしかしたら出口があるかもしれない。下へ、下へと歩き続ける。だが結果は同じ。永遠に続く階段があるだけ。


七日目、彼女は座り込んだ。「きっと何か仕掛けがあるはず。隠された扉か、特別な段数か、暗号か。」


彼女は階段の一つ一つを調べた。石の継ぎ目を指でなぞり、足音のリズムを変え、数を数えながら歩いた。一週間、二週間、一ヶ月。


何も見つからなかった。


仕掛けなど、最初からなかった。


一ヶ月と三日目、彼女は階段の途中で座り、動くのをやめた。体は衰弱し、やがて事切れる。


どんでん返しは起きない。


NO.3 真実の鏡

神は今度、一つの部屋に巨大な鏡を置いた。


その鏡は見る者の本当の姿を映し出す。外見ではなく、心の奥底にある真実を。


一人の青年がその部屋に連れてこられた。彼は自分を善良で正直な人間だと信じていた。友人からも慕われ、恋人からも愛されている。


だが鏡に映った彼は、醜悪な化け物だった。


嫉妬に歪んだ顔、欲望にまみれた目、偽善で塗り固められた表情。これが本当の自分だった。


青年は鏡を叩き割ろうとした。だが鏡は割れない。逃げようとしたが、扉は開かない。目を閉じても、まぶたの裏に醜い自分の姿が焼き付いている。


「これは試練だ」青年は考えた。「自分の醜さを受け入れれば、きっと変われる。そして解放される。」


彼は鏡の前に座り、自分の醜い本性と向き合った。一日、二日、一週間。彼は自分の嘘、偽善、欲望を一つずつ認めた。涙を流し、反省し、心から変わろうと誓った。


だが鏡の中の化け物は変わらなかった。そして部屋の扉も開かなかった。


真実の鏡は、ただ真実を映すだけ。人は変わることができない。これが現実だった。


青年は三週間後、鏡の前で息絶えた。最期まで化け物の顔を見つめながら。


どんでん返しは起きない。


NO.4 記憶の迷宮

神が次に作ったのは、記憶でできた迷宮だった。


一人の老人がそこに迷い込んだ。壁という壁に、彼の人生の場面が映し出されている。幼い頃の誕生日、初恋、結婚式、子供の誕生、妻の死。


「これは私の記憶を辿る迷宮だ」老人は理解した。「正しい順序で記憶を辿れば、出口にたどり着ける。」


彼は慎重に歩いた。時系列順に記憶を追い、間違った道を避けようとした。だが迷宮は複雑で、同じ記憶が何度も現れる。偽の記憶と本物の記憶が混在している。


一週間が過ぎた。老人はパターンを見つけようとした。「きっと重要な記憶だけを辿ればいい。」


二週間が過ぎた。「後悔した記憶を避けるのが正解かもしれない。」


三週間が過ぎた。「いや、むしろ後悔と向き合うことが重要なのだ。」


老人はあらゆる仮説を試した。だが迷宮に出口はなかった。記憶は単なる記憶で、そこに隠された意味も、解くべき謎もない。


一ヶ月後、老人は迷宮の中央で座り込んだ。周りには無数の記憶が映り続けている。彼はそれらを眺めながら、静かに息を引き取った。


どんでん返しは起きない。


NO.5 愛の牢獄

神は今度、愛し合う二人を一つの部屋に閉じ込めた。


男女は互いを深く愛していた。部屋には食料と水が十分にあり、快適なベッドも用意されている。一見すると楽園のようだった。


「きっと試練だ」男は言った。「真実の愛を証明すれば解放される。」


女も同意した。二人は愛を確かめ合った。言葉で、行為で、存在の全てで。


一ヶ月が過ぎても扉は開かなかった。


「もっと深い愛が必要なのかもしれない」女は言った。二人はより一層愛し合った。だが扉は開かない。


三ヶ月が過ぎた。男は苛立ち始めた。「何が間違っているんだ?」


六ヶ月が過ぎた。女は不安になった。「私たちの愛は偽物だったの?」


一年が過ぎた。愛は憎しみに変わり始めた。閉ざされた空間で、二人は互いを責め合った。


「お前のせいだ」「あなたが悪い」


愛していたはずの相手の欠点ばかりが目につく。以前は愛おしかった癖が、今は耐えがたい。


二年目、二人は口もきかなくなった。


三年目、男が女を殺した。


四年目、男は一人で死んだ。


愛には意味などない。ただ感情が移ろうだけ。これが現実だった。


どんでん返しは起きない。


神は自分の作った世界を眺めていた。


どんでん返しのない世界。希望のない世界。救いのない世界。


人間たちは皆、期待していた。きっと何か仕掛けがある。きっと意味がある。きっと最後には救われる。


だが神は知っている。


現実にどんでん返しなどない。苦しみに意味などない。努力は報われず、愛は消え、人は死ぬ。それだけだ。


映画や小説の中でだけ、都合の良い展開が待っている。現実は違う。


神は満足していた。ついに真実の世界を作り上げたのだから。


そして神は、新しい実験を始めた。


NO.6 希望の井戸

神は深い井戸を作った。底には一筋の光が差している。


一人の少年がその井戸に落とされた。井戸の壁には石が突き出ており、よじ登ることができそうだった。底から見上げる空は美しく、自由を象徴しているように見えた。


少年は登り始めた。一段、二段、十段。しかし石は脆く、時々崩れる。少年は何度も落下し、体に傷を負った。


それでも彼は諦めなかった。「きっと登り切れる。きっと空に届く。」


三日目、少年は井戸の半分まで登った。だが疲労で手が滑り、また底まで落ちた。


五日目、また半分まで登り、また落ちた。


十日目、また同じことが繰り返された。


少年は学習した。休憩の取り方、石の選び方、体重のかけ方。技術は向上し、体力もついた。だが井戸は彼の成長に合わせて深くなっていた。


一ヶ月後、少年はついに悟った。この井戸に頂上はない。登れば登るほど深くなる。希望は絶望を深くするための餌でしかない。


少年は登るのをやめ、井戸の底で丸くなった。そして静かに死を待った。


どんでん返しは起きない。


神の実験は続く。


新しい部屋、新しい迷宮、新しい試練。人間たちは次々と連れてこられ、希望を抱き、絶望する。


彼らは最期まで信じている。何か意味があるはずだと。何か救いがあるはずだと。


だが神の世界に救いはない。意味もない。


あるのはただ、どんでん返しのない現実だけ。


神は満足している。ついに本当の世界を作ったのだから。


そして今日も、新しい実験が始まる。


どんでん返しは、永遠に起きない。



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― 新着の感想 ―
タイトルで言っていても、ずっと「どんでん返し」がなくても、やっぱり期待しちゃってました。 素晴らしい発想ですね! 面白かったです。
読んでいると「こんなことを続ける神にいつかしっぺ返しが来るはず」とつい期待してしまいますが、 当然そんな“どんでん返し”は起きませんでしたね。 どんでん返しのありがたみを感じられる作品でした。
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