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2:2人の変身ベルト

 

 次の日の放課後。

 公園の真ん中で、昨日手に入れた“2人だけの宝物”が太陽の光を浴びて、きらきらと輝いていた。

「へへっ、やっぱ本物は違うなぁ!」

 ユウキは誇らしげに変身ベルトを腰に巻くと、勢いよくポーズを決める。

「正義の力、チェンジアップ!!」

「じゃあ、私は敵役ですねっ! フフフ……世界征服はいただきましたよー!」

 セツナは木の枝を剣に見立てて、悪の女幹部を演じる。

 ふたりは笑いながら、芝生の上を駆け回った。

 変身ベルトは、お互いに“仲良く使う”という約束だった。

 でも――それが守られていたのは、最初の30分だけだった。

「ねぇ、次は私の番っ」

「え、もうちょっとだけ……! あと1回だけ技出させて!」

「ダメですっ! さっき3回もやったでしょ! 交代っ!」

 そう言って、セツナがぐいっとベルトを引っ張った。

「うわっ、ちょっと! 無理やり取るなよ!」

「じゃあ貸してくださいっ! もう、ユウキくんのバカっ!」

 セツナは強引にベルトを奪い、腰に巻いて逃げ出した。

「待てよ! それオレのだってば!」

「違いますっ! 2人のですっ!」

 ドタドタと駆け回る。

 そのとき――

「きゃっ!」

 ガタンッ!!

 セツナが転んだ。

 手をついた拍子に、ベルトのバックルがガキッと音を立てて地面にぶつかる。

「……あっ……」

 パカン、とカバーが外れ、中の部品がぽろりと落ちた。

「……こ、こわれた……」

 セツナの手の中にあるベルトは、もう、変身の音を鳴らすことはなかった。

「な、なにしてんだよ!!」

 思わず怒鳴ってしまった。

「だから、無理やり奪うなって言ったのに! お前が壊したんだろ!!」

「わ、わたしはっ……! ユウキくんが、貸してくれなかったからっ!」

「はぁ!? お前が勝手に――」

「――うわああああんっ!!」

 涙がぽろぽろとこぼれる。

 セツナの大きな瞳が涙でいっぱいになっていた。

「も、もう……っ! ユウキくんなんてっ、大っ嫌い!!」

 その言葉を叫んだセツナは、壊れたベルトを置いたまま、泣きながら公園を走り去っていった。

「あ……」

 置き去りにされたベルトと、自分だけが残された。

 夕焼けの光が、壊れたそれを、静かに照らしていた。

「……ったく……知らねぇよ……!」

 悔しくて、寂しくて、だけど言い返すしかできなかった。

 ユウキも、顔を背けて、早足で団地へと帰っていった。

 今日の帰り道は、ひとりぼっちだった。



 ・・・・・



「ほらユウキ、ご飯冷めちゃうわよ?」

 母親の声に、ユウキは手を止める。

 目の前には、いつもなら真っ先に飛びつく唐揚げと白ご飯。

 でも、今日は――ぜんぜん、喉が通らない。

 箸を持ったまま、視線はずっと遠くのまま。

(……セツナ)

 さっきの光景が、頭の中で何度も繰り返される。

「も、もう……っ! ユウキくんなんてっ、大っ嫌い!!」

 ――胸が、ずきんと痛んだ。

 ベルトが壊れたことはショックだった。

 でも、それ以上に――

(……絶交とか、そういうのだったら、マジでヤだ)

 ぐしゃ、とおかずをぐいっと掻き込もうとするが、口の中は味がしなかった。

 心配そうに見つめる母親に、ただ「うん、大丈夫」とだけ返して、そそくさと席を立つ。

 自分の部屋に戻ると、机の上に壊れた変身ベルトが置かれていた。

 カバーが割れ、ボタンはゆるくなっていて、音も鳴らない。

(なんで……あんな言い方、しちまったんだよ)

 ため息まじりに、引き出しからガムテープを取り出す。

 ベルトの欠けた部分を、ぐるぐると無理やり巻いてつなぎとめる。

(かっこ悪……)

 見た目はボロボロだ。

 でも、それでも――このベルトは、セツナと手に入れた「宝物」なんだ。

 ボロボロになっても、壊れても、

 2人で笑って、応援し合って、あのときだけは本当に“ヒーローとヒロイン”だった。

 気づけば、腰にベルトを巻いていた。

 ぎゅっと、拳を握りしめる。

(オレが、ヒーローになる。セツナを……助けに行く)

 勢いよく玄関を飛び出す。

 団地の階段を駆け下り、すぐ隣の部屋――セツナの家のインターホンを押した。

 ピンポーン。

 ドアを開けたのは、セツナのお母さんだった。

「あら……ユウキくん?」

「……セツナに、会わせてください」

 頭を下げながら言うと、セツナのお母さんは困った顔で首を横に振った。

「ごめんなさいね……さっきから部屋に閉じこもっちゃって。鍵までかけて。どうにもならないの」

(……そんなに泣かせちまったのか、オレ……)

「そうですか……ありがとうございます」

 お礼を言い、小さく頭を下げて帰ろうとする――けれど。

(会えないなら、会いにいくしかねぇだろ)

 決意が、体の中にじんわりと広がる。

 そうと決まれば迷いはなかった。

 団地の裏手に回り、ベランダを見上げる。

 俺たちの家は一階だから――覚悟次第で、飛び越えられる。

「オレはヒーローだ。今だけは、マジでそう思うから……!」

 勇気を振り絞り、隣のベランダの柵を握る。

 体を引き上げ、そっと身を乗り出す。

 ゴン――と音を立てながら、隣のベランダに着地した。

(セツナ……オレ、来たぞ)

 窓の向こう、カーテンのすき間から漏れる灯りの中に、うずくまる小さな背中が見えた。

 ガムテープでつぎはぎされたベルトを巻いた、ちっぽけなヒーローが――

 今、ひとりのヒロインを救いに来た。



 ・・・・・



 セツナの部屋。

 カーテンの奥、ぬいぐるみと座布団に囲まれた布団の上で、セツナは顔を伏せたまま、ぐすぐすと鼻をすすっていた。

「ううっ……ユウキくんの、ばか……」

 声を出すたび、涙があふれる。

 目も、鼻も、赤くなっていた。

(もう……あんなふうに怒られるなら、最初から……)

 ぎゅっと抱きしめた膝が、かすかに震える。

 そんな時――

「セツナ!」

 ガラリとベランダの窓の向こうから、声がした。

 驚いて顔を上げると、そこにいたのは、壊れた変身ベルトを腰に巻いた――ユウキくん。

 ガムテープでぐるぐる補修されたベルトを巻いた彼が、窓の向こうでピシッとポーズを決めていた。

「正義の力、チェンジアップ!!」

 ヒーローになりきったその姿に、セツナは一瞬ぽかんと目を丸くする。

「……なにしてるんですか……」

「ヒーローが、ヒロインを迎えに来たんだよ!」

 そう言って、彼は窓を開け、セツナの部屋に飛び込んできた。

「ごめんっ!!」

 開口一番、勢いよく頭を下げる。

「ベルト壊れたとき、めっちゃショックだった。でも、それ以上に――セツナと喧嘩したのが、一番ショックだった。絶交とか、マジで無理だって思った」

 ぎゅっと拳を握って、顔をあげる。

「セツナと、仲直りしたい。これがもう元どおりにならなくても、セツナとの仲だけは、ちゃんと元どおりになってほしい……!」

 そのまっすぐな言葉に、セツナの瞳から、またぽろぽろと涙がこぼれた。

 でも、それはさっきまでの悲しみとは違う――どこか、あたたかい涙だった。

「……また、一緒に遊んでくれますか?」

「当たり前だろ! 毎日でも遊んでやる!」

 その言葉に、ようやくセツナの涙が止まった。

「……よかったぁ……」

 セツナは自分の袖で涙を拭きながら、そっと呟いた。

「私も、後悔してました。……あのベルトがほしくて、ムキになって、勝手に奪っちゃって。ユウキくんとケンカするくらいなら、いらなかったのにって……思いました」

「……ごめんな、怒鳴って」

「私も、ごめんなさい……」

 しばしの沈黙――

 そして、セツナはふっと笑った。

「ねぇ、ユウキくん」

「ん?」

「また一緒に、変身ごっこ……してくれますか?」

 セツナはそっとユウキの手を取った。

 そして――満面の、心からの笑顔を咲かせた。

「ヒーローとヒロインは、また一緒に戦わないとっ!」

「おうっ、任せとけって!」

 ユウキはセツナの手を握り返し、にっと笑った。

 壊れた変身ベルトでもいい。

 ガムテープだらけでも、もう音が鳴らなくても――

 それは、ふたりだけの、特別な宝物だ。

 こうして――

 小さなヒーローは、もう一度、小さなヒロインの笑顔を守ることができたのだった。

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