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炎の武具錬金術師、電撃加入! ~希望と新たな頭痛の種~

ポーション販売という最初の試みが、市場の高い壁と競合相手の存在によって頓挫しかけた今、俺に残された道は多くない。アルクマイヤー工房が生き残るためには、より高付加価値で、かつ競合の少ない分野への進出が必要不可欠だ。そして、俺が導き出した答えは――「武具」だった。


幸い、父ゲオルグの研究ノートには、金属系の錬金術や、古代アルカヌム文明の鍛冶技術に関する断片的な記述が残されていた。それらは非常に高度で、今の俺の技術レベルでは到底再現できないものばかりだったが、そのポテンシャルは計り知れない。もし、これらの技術の一部でも実用化できれば、シュタイン工房のような既存の勢力とも渡り合えるかもしれない。


(問題は、どうやってそれを実現するか、だ……。そして、莫大な初期投資をどうするか…)


ノートを読み解き、必要な素材や設備をリストアップしていくうちに、俺は改めてその初期投資の莫大さに頭を抱えた。特殊な金属素材、高温に耐える錬成炉、精密な加工を可能にする魔道具……どれもこれも、今のアルクマイヤー工房の財政状況では夢のまた夢だ。


(それに、何よりも足りないのは『人』だ。俺には金属加工や鍛冶の専門知識も経験もない。セレスティーナは薬草の専門家だ。この分野では、どうしても専門技術を持つ職人が必要になる……)


俺は、街の冒険者ギルドや職人ギルド、あるいは古くからの付き合いがあるというハミルトン弁護士に相談するなどして、腕の良い鍛冶師や武具職人の情報を集め始めた。しかし、名の知れた職人は皆、有力な工房や貴族に抱えられているか、あるいは独立して自身の工房を構えている。没落貴族の、借金まみれの工房に来てくれるような物好きは、そう簡単に見つかるはずもなかった。


諦めかけたその時、街の酒場で冒険者たちの噂話を耳にした。

「おい、聞いたか? また『赤髪のブリジット』が酒場で暴れたらしいぜ」

「ああ、あの宮廷を追い出されたっていう女鍛冶師だろ? 腕は確かだって話だが、気性が荒すぎて誰も雇いたがらねぇってな」

「もったいねぇよなぁ。なんでも、古代ドワーフの技術に通じてるとかで、とんでもねぇ業物を打ち上げるとか…」


(赤髪のブリジット……女鍛冶師……古代ドワーフの技術……?)

俺のアンテナが、その情報に鋭く反応した。宮廷を追われた訳アリ、気性が荒い、しかし腕は確か。そして、古代技術。まさに、今の俺が求めている人材の条件に、奇妙なほど合致しているではないか。もちろん、リスクも高そうだが、今の俺にリスクを選り好みしている余裕はない。


俺は早速、その「赤髪のブリジット」の情報をさらに集めた。彼女は現在、街の裏通りにある小さな鍛冶場を間借りして、日銭を稼いでいるらしい。しかし、その性格ゆえに客や依頼主と揉めることが多く、定職にはつけずにいるという。


(……これだ。交渉次第では、あるいは……)

俺は僅かな希望を胸に、その裏通りの鍛冶場へと向かった。


鍛冶場は、想像以上に小さく、古びていた。中からは、カン、カン、と金属を打つ甲高い音が響いてくる。扉を叩くと、中から不機嫌そうな声が返ってきた。

「あぁん? 誰だい! 今、取り込み中だよ!」

俺が名乗ると、音は一旦止み、ギィ、と重い音を立てて扉が開いた。

中から現れたのは、噂通りの、燃えるような赤い髪を無造作なポニーテールにした、精悍な顔立ちの女性だった。年の頃は二十代前半だろうか。汗と煤で汚れた作業着を身にまとい、手には年季の入ったハンマーを握っている。その鋭い鳶色の瞳が、値踏みするように俺を睨みつけた。


「アルクマイヤー……? ああ、あの没落貴族のところの、ガキ当主か。何の用だい? 冷やかしなら帰りな」

口の悪さも噂通りだ。しかし、俺はその工房の隅に置かれた完成品らしきナイフに目を奪われた。明らかに使い古された道具で作られたとは思えない、鋭い切れ味と、機能美を感じさせるフォルム。そして、微かにだが、尋常ではない魔力が込められているのが、俺の【鑑定(劣化版)】でも感じ取れた。

(……間違いない。この女、腕は本物だ……!)


俺は居住まいを正し、単刀直入に切り出した。

「ブリジット・アイアンハート殿とお見受けする。突然の訪問、失礼する。本日は、貴女を我がアルクマイヤー工房の専属武具錬金術師として、スカウトさせて頂きたく参上した」

「……はぁ?」

ブリジットは、心底呆れた、という顔で俺を見た。

「アンタ、自分が何言ってるか分かってんのかい? ウチはなぁ、しがない鍛冶師だよ。錬金術師なんて、高尚なモンじゃねぇ。それに、アンタんとこ、潰れかけの借金まみれだって噂じゃないか。そんな所に、誰が行くってんだい?」

吐き捨てるように言うブリジットに、俺は怯まず続けた。


「確かに、我が工房の現状は厳しい。だが、私には計画がある。アルクマイヤー家に伝わる古代錬金術の知識と、貴女の持つ卓越した鍛冶技術――特に、噂に聞く古代ドワーフの技術――を融合させれば、これまでにない画期的な武具を生み出すことができるはずだ」

俺は、父のノートから得た知識の断片(もちろん、核心部分は伏せて)を語り、彼女の技術への敬意を示した。そして、畳み掛ける。

「貴女ほどの腕を持ちながら、こんな場所で燻っているのは惜しいとは思わないか? 宮廷を追い出された無念を、ここで晴らす気はないか? 我が工房に来れば、最高の素材と、貴女の技術を最大限に活かせる環境を(いずれは)提供することを約束しよう。そして、共にあのシュタイン工房をギャフンと言わせるような、最高の武具を作り上げようではないか!」


(……無茶苦茶なハッタリだ。最高の素材? 環境? そんな金、どこにもない。だが、彼女を引き入れるには、これしかない……!)

俺は内心で冷や汗をかきながらも、自信に満ちた(ように見える)態度を崩さなかった。


ブリジットは、腕を組み、疑わしげな目で俺を睨みつけていたが、その瞳の奥に、わずかな動揺と、燻っていたプライドの炎が再燃するのが見えた気がした。彼女もまた、自分の腕を振るう場所を渇望していたのだろう。

(……古代錬金術だと? 怪しい小僧だが、目は死んでねぇ。それに、こんなところで安酒煽ってクサってるよりはマシか…? あのクソ貴族どもを見返すチャンスかもしれねぇ…)

しばらくの沈黙の後、彼女はふん、と鼻を鳴らした。


「……面白い。そこまで言うなら、アンタのそのハッタリに乗ってやろうじゃないか。ただし、言っておくが、あたしは妥協はしない。最高の仕事をするためには、最高の素材と道具が必要だ。それが用意できないなら、即刻出ていくからな!」

「……ああ、承知している。歓迎するよ、ブリジット」

差し出した俺の手を、彼女は力強く握り返してきた。その手のひらは硬く、熱かった。


こうして、俺は二人目の仲間(そして新たな、そしておそらく過去最大級の頭痛の種)を工房に迎え入れることになった。


ブリジットがアルクマイヤー工房にやってきた日、工房の雰囲気は――主に俺の胃のあたりで――一変した。

屋敷に着くなり、エリザとマーサが彼女の(貴族の屋敷には似つかわしくない)身なりと言葉遣いに僅かに眉をひそめたのを感じたが、俺は気づかないふりをした。(エリザ母上、心配そうにこっち見てるな…後でフォローが必要か。マーサは…意外と動じてないな。肝が据わってる)


そして、ブリジットは工房の設備を見るなり、案の定、開口一番こう言い放った。

「なんだい、このオンボロは! こんなもので、まともな仕事ができるわけないだろう! 炉は最低でもミスリル合金製の『竜の息吹』級、金床はそこらの山じゃ採れねぇアダマンタイトの塊から削り出したもの、槌はドワーフ王家御用達の『星砕き』、魔法付与用のルーン刻印ツール一式に、ドワーフ秘伝の冷却油もだ! 話はそれからだよ!」

延々と続く、聞いているだけで眩暈がし、一つ揃えるだけでアルクマイヤー家の負債が倍になりそうな要求リストに、俺は遠い目をした。

(……初日からこれかよ……。冗談抜きで、どうやって資金を捻出すれば……)


セレスティーナは、突然現れた気の強そうな姉弟子(?)に完全に怯えてしまい、俺の後ろに隠れてしまった。

「ひゃっ!? あ、あの、よろしくお願いします……ブリジットさん……?」

「ああ? なんだい、このチビは。…薬草臭いな。まあ、いい。腕はありそうだが、あたしの仕事の邪魔だけはするんじゃないよ」

ブリジットはセレスティーナの持つ籠の中身と彼女の手つきを一瞥すると、興味なさそうに再び工房の品定めを始めた。その一瞬の観察眼に、俺は彼女がただの脳筋ではないことを確信する。対照的な二人に挟まれ、俺の胃は早くも限界を訴え始めていた。


だが、ブリジットの腕は確かだった。俺が父のノートから見つけ出した古代の合金レシピを元に、手持ちの(なけなしの高品質な)素材で試作を始めると、彼女は驚くべき技術を発揮した。炉の温度を、まるで炎と対話するかのように感覚で読み取り、金属の組成を経験と勘、そして何か未知の法則で見抜き、力強く、しかし驚くほど精密な槌さばきで金属を打ち延ばしていく。

(……単なる鍛冶じゃない…槌を振るうタイミング、炎の調整、あれは経験則だけじゃない。何か…錬金術の『流れ』を読む感覚に近いものがあるのか? ドワーフ技術とは…ルーンのような力も関係しているのか?)

その姿は、まさに炎の化身、あるいは武具に魂を込める巫女のようでもあった。


(……すごい。これほどの技術があれば、あるいは本当に…シュタイン工房にも対抗できるかもしれない。そのためにも、まずは彼女が最低限、満足に仕事ができる環境を整えなければ…)

俺は頭の中で、短期的な資金調達計画を必死に組み立て始めた。灯火石の量産販売、ポーションの販路再検討、そして…父の遺した『何か』を売るか…? いや、それは最後の手段だ。まずはギルドからの依頼か? だが、実績のない俺たちに高額依頼が来るとは思えない…。


アルクマイヤー工房は、炎のような職人と、露のような薬師見習い、そして借金まみれの若き当主という、奇妙なトリオで再出発を切った。 前途に待ち受けるのは希望か、更なる絶望か。そして、あのシュタイン工房が、このアルクマイヤー工房の新たな動き――特に『赤髪のブリジット』の加入――を黙って見過ごすはずがないだろう。 俺の胃痛は、しばらく治まりそうになかった。まずは、ブリジットが要求する最低限の設備投資費用、その捻出が当面の最重要課題だ。

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