試験と言えば……
試験まで一人で勉強している。
廊下で見かける教師は生徒に囲まれ、図書室も席の奪い合いが行われる。
私は図書室に通う事もなく、教師を独占することもなく『一人』で勉強に励む。
学年全体が殺伐とした空気に包まれていき、次第に私の睡眠も削られていく。
私は王宮に就職するわけではないが、公爵という立場上試験に失敗して卒業が延期になったという噂は避けたい。
それに、試験を何度も受けるのは嫌だ。
一度で済ませたい。
試験に集中したいのに、どうしても視界に入ってしまう。
『ロヴァルト先生、ここがどうしてもわからなくてぇ……』
『先生、私にも教えてくださぁい』
『ロヴァルト先生ぃ……』
「そんなに引っ付く必要ある?」
女子生徒達はキングズリーを自分の物のように腕を絡める。
教えを乞うのを建前にキングズリーと接点を持とうとしているようにしか見えない。
今まではキングズリーの大人の包容力や見た目の麗しさで女子生徒が騒いでいるのだと思っていた。
まさかキングズリーが侯爵令息だとは……
キングズリー侯爵は兄が継ぎ、次男のロヴァルトは教師の道を選んだ。
「どうして結婚しなかったんだろう? 」
キングズリーの容姿と肩書であれば婚約も結婚も選び放題だったろうに……
「結婚……したくないのかな……」
女子生徒に囲まれているキングズリーは困惑している表情にも見える。
「そんなんじゃ、尚更婚約なんて申し込めないでしょ……」
女子生徒に囲まれるキングズリーに興味がないフリをして通り過ぎる。
試験が近づくにつれて女子生徒も試験への真剣みを増し、浮かれ気分はなくなって行く。
そして試験前日となると、神経を高ぶらせ緊張感しかない。
準備万端ではあるが、勉強しても足りない気がしてならない。
ベッドに横になるも全く眠れず、教科書を開いてしまう。
「お嬢様っ、今回も眠らなかったのですか? 」
徹夜するつもりは無かったのに、マキシーがカーテンを開ければ外は明るい。
「えっ? もう、朝なの? ……やっちゃった……マキシー、お願い」
「畏まりました」
準備を整え学園に向かう。
向かう途中の馬車でも教科書を開いてしまう。
教室に到着すれば、既に登校している生徒は教科書やノートを開いて確認している。
私も緊張を抑える為に教科書を開く。
「全員教科書をやノート全てしまいなさい」
教師が登場し試験が始まる。
試験一日日目、二日目、三日目と過ぎていく。
そして最終日となると、心なしか生徒全員顔色は悪いし目の充血も目立つ。
皆、試験で他人の姿など気にしていない様子。
なので私も目立つことがない。
「終了。答案用紙を回収する」
教師の合図で学園最後の試験が終わる。
「終わった……これで、眠れる」
結局、試験期間中ろくに睡眠をとることが出来ずにいた。
瞼が重く、気を抜いたら眠ってしまいそう。
「生徒は全員速やかに下校する事。校舎には残らないように」
教師が帰宅を促す。
生徒の誰もが学園に居残ろうとする者はいない。
皆、気持ちは同じ。
「寝たい」
睡眠不足に極度の緊張、そして試験が終わった解放感から一気に眠気に襲われる。
これでは馬車に乗ったら確実に眠ってしまう。
ふらふらしながら他の生徒の後を追うように歩くのだが瞼がやけに重い。
「……ゼンハワー……アイゼンハワー」
「ん? 先生? 」
「……今回もその恰好なのか……無理したのか? 」
恰好……
私の恰好は以前と同じ、あの悪役令嬢の恰好。
今回はどの生徒も他人の容姿を気にする余裕が無いので、必要なかったのかもしれない。
だが、そこは公爵令嬢の矜持。
「んふ? 綺麗でぇすかぁ? 」
頭が朦朧としすぎて、自分が正しい受け答えをしているのかすら分からない。
「全く、ふらふらして危ないだろうっと……アイゼンハワー? ……またか」
ベッドに到着したのか漸く眠れそう……
眠る瞬間にキングズリーを見られるなんて幸せな夢。
消えてほしくないあまり一生懸命捕まえる。
「せぇんせい……婚約……ごめ……さい……」
「謝る事じゃない」
「迷……惑じゃ……」
「迷……ない」
「……でも……好きな人……」
「……きな人いるのか?」
「ん……スキ……しぇんせ……しぇんせは? ……わ……ちの事……」
「……俺は結構……えの事……だ……」
俺……
先生は自身の事を『俺』とは言わない。
これは私の夢だ。
夢。
夢なら……
「……本当? なら……婚約……して」
「あぁ……」
「ねぇ、せんせ……キ……て……みたい……」
返事を聞く前に眠りに落ちた。
幸せな夢。
夢だと分かっている。
そんな事、絶対にありえないから……