考えたいのに邪魔をする
「テレンシオールパーティーが終わってまだ落ち着かないかもしれないが、気持ちを切り替えて試験に集中しなさい。今回の試験がどれだけ重要か分かっているだろう？ 」
教師の言葉で生徒は気を引き締める。
次の試験は三年間の集大成。
まだ試験には一カ月程の猶予があるが、この試験に失敗すれば卒業は延期となる。
延期となれば卒業パーティーには出席できず、その失態は社交界に広まってしまう。
学園を卒業し、成人と認められた貴族社会の第一歩を困難なスタートを切ることになる。
それだけでなく、王宮での就職が決まっている者も卒業が延期と噂になればその後の立場は危うくなるだろう。
平民であれば就職が取り消しになることもある。
生徒達はパーティーの浮かれ気分から試験モードに入り、噂は身を潜めた。
「三年間の集大成……」
一年間の記憶しかない私にとっては油断できない。
どこまで対応できるのか……
私も試験に集中する。
色々頭を悩ませることはあるが、振り払う。
何度かキングズリーと視線が合うが、以前までこんな時どんな反応していたのか忘れてしまった。
試験に夢中という反応で誤魔化していた。
「……先生もお父様から私との婚約の話聞いたのよね？ 」
何を考えているのだろうか？
分からない。
「アイゼンハワー令嬢」
分からないといえば、この男の行動もだ。
一人で考えたいのに、この男はいつも邪魔をする。
「……なんでしょう？ アンダーソン一伯爵令息」
「図書館で一緒に勉強しないか？ この時期は皆図書館で勉強する。俺で良ければ教えられるよ」
私としては何度も拒絶をみせているのに、何故こんなにもしつこく話しかけてくるのだろうか？
この人は本気で私と再婚約したいのか？
そんな事ありえないのに。
私と婚約し状況が戻れば再び恋人との関係が復活するのは目に見えている。
そんな男との婚約はあり得ない。
噂は盛り上がっているようだが、私が彼を選ぶことは無い。
私を巻き込まずにさっさと恋人と婚約してしまえと心から願っている。
「結構です。分からないところは先生に聞きますから」
「この時期の先生は忙しいから、捕まえるのは難しいぞ」
卒業や就職がかかっているとなれば誰もが必死になり、教師の取り合いになるのだろう。
「それでも、令息に頼ることはありませんので私の事はお気になされず」
「……そんなに俺が許せないか？ 」
「許せないとは違いますね」
「ではなんだ？ 」
「信用に値しない人物だと思っております」
「……挽回の機会を貰えないか？ 今後は二度とあんな愚かな真似はしない。彼女とも会わないでほしいと君が願うなら会話もしない。お願いだっ、抱え込まず俺に何でも言ってくれ」
彼の言葉は至る所で引っ掛かる。
「私、アンダーソン令息との婚約は考えておりません。迷惑ですので今後このような事は止めてください。私に話しかけないでください」
目撃者がいる廊下ではっきりと断った。
案の定、噂が広まった。
『アンダーソン令息は懲りずにアイゼンハワー令嬢に言い寄っているようですよ』
『見苦しいですね』
『最初から裏切るような真似しなければいいものを』
『愚かとしか言いようがありませんね』
『あんな人であれば、婚約解消は当然です』
女子生徒達は私を支持してくれる。
今まで理不尽だと感じながらも我慢して飲み込んでいた感情を吐き出すことが出来始めたのは良い傾向だと私は思う。
男子生徒達は……
『アイゼンハワーは、アンダーソンの気持ちを試しているんだよ』
『再婚約も時間の問題だろ』
『結婚後の生活を見据えての婚約者同士の駆け引きだな』
『ここで引いた方が、結婚後立場が弱くなるからな』
『そもそもこの程度で婚約解消なんて大袈裟なんだよ』
『いい機会だ。俺達のためにもアンダーソンには頑張って貰わないとな』
男子生徒は結婚後に愛人や浮気を楽しむためにアンダーソンを応援している。
今から愛人や浮気だなんて、学生とは思えない考え。
親の影響なのか、この世界の常識がそうしているのか女性を軽んじていることに気が付いていない。
私からすると不愉快でしかないのに、女性は夫人でさえ堪え忍んでいた。
私の行動が広まると女子生徒と男子生徒の溝が深まり、殺伐とした雰囲気になり始めていた。
どちらの立場も今後の人生に大きく影響することから興味があるのだろう……
だが、今後の人生を考えるのなら目の前のことも大事だろう。
忘れていないか？
「皆、試験に集中しなさいよ」
