パーティー
「大丈夫か?」
「はい」
扉の前で確認され入場する。
パーティーは既に始まっているので、私達が会場に入場しても誰も気にも留めない。
仮面パーティー。
参加者は当然、様々な仮面を着けている。
両目を隠した物や、顔の左右どちらかを隠した物、口元から下は無いが被るような仮面もある。
誰が誰だか、正確には分からないだろう。
髪色や瞳で判断してもいいのだろうが、私のように変えている可能性もある。
声さえ出さなければ気付かれることは無いだろう。
目立たぬように壁際で様子を窺う。
「無理にダンスする事は無い、飲み物や食事をしたらいい」
「はい」
壁際で目立たぬようにひっそりと存在する私に対し、仮面で隠してもキングズリーの妖艶さは隠しきれず。
キングズリーだと分からなくても、素敵な男性に引き寄せられる女子生徒は多数。
「私とぜひダンスをよろしいかしら? 」
相手がキングズリーと気が付いての誘いなのか分からないが、仮面をしている女子生徒は強引とは言わないが強気に誘う。
女子生徒は既に手を差し出している。
一応キングズリーのパートナーは私だと思っているが、仮面パーティーではエスコート役をパートナーの許可なく誘っても問題ないのだろう。
私が二人の間に入る事は出来ない……
気にしていない素振りで、キングズリーの答えを神経を研ぎ澄ませて待つしかない。
「……他を誘え」
キングズリーは首を振り、初めて聞く低い声で素っ気なく答えた。
あまりの返答に誘った女子生徒も硬直してしまう。
隣で聞いてしまった私も、驚き振り向く。
「えっ」
手を掴まれダンスホールへと移動する。
あの女子生徒から逃げる為だったのかもしれないが、ダンスホールに来てしまえばダンスしない訳にもいかない。
「すまない、一曲付き合ってくれ」
「はい」
キングズリーの願いならいくらでも付き合う。
パーティーには興味ないし、ダンスもするつもりはなかった。
だけど、来て良かったと思える。
心の中で『お父様、ありがとう』とお礼を言う。
光輝く会場で見るキングズリーは、生徒とは違う色気を放ち目立ってしまう。
終わってほしくないダンスが終わると、狙いを定めた女子生徒が近づいてくる。
「喉、乾いたな」
「あっ、はい」
ダンスが終了してもキングズリーは手を放さず、飲み物がある方へ。
「……付き合わせたな。ありがとう」
「い……いえ」
キングズリーは狙いなく自然な振る舞いなのかもしれないが、小さく笑うところも耳元でお礼を言うのも私は全力で意識してしまう。
「私は少し見回りをしてくる。帰りは見送るから途中で帰らないこと」
キングズリーは教師に戻り……いや、ずっと教師として生徒が問題なくパーティーに参加するように導いていたに過ぎない。
「勘違いするな……私は特別じゃない……」
勘違いしてしまいそうな自分に言い聞かせた。
言い聞かせても、勘違いしてしまうのを止められない。
あの場を去る為に『喉が渇いた』と言ったが、本当に喉が渇いたので飲み物を手にする。
飲み物を頂きながら、誰の視界に入らない隅に移動し会場を見渡す。
『ねぇ、あれアイゼンハワー令嬢じゃない? 』
『まぁ、本当ですね』
『参加しないとあれだけ言っておきながら、結局は来るなんて』
『目立ちたがりなんですよ、彼女』
「うそっ……バレたの? ……ん?」
女子生徒に発見されたと思ったのだが、彼女達は私ではなく別の方向を向いている。
何を見てその会話をしているのかと確認すると、彼女達の視線の先にいる二人組に気が付いた。
見せつけるような金色の髪をした女子生徒がいる。
金色の髪は珍しいが私以外にもいる。
ただ、背格好が私だと思わせる。
そして決定づけるのが……
『本当に二人は再婚約するのかしら? 』
『そんな事されては、私の婚約者が再び浮気に走りますわ』
『他人の婚約に意見したくはないですが、令嬢にはあの人だけは選んでほしくないですね』
『えぇ……あんな人のどこがいいんだか……』
女子生徒が心配する私の相手と言うのが、元婚約者のジャイルズ・アンダーソン。
彼は仮面で顔を隠しているが、顔の左半分だけを隠しているので右側の顔ですぐに分かる。
「やっぱり、あいつは嘘ばかりね」
私がパーティーに『参加しない』と宣言すれば、自分も『参加しない』と言ったくせに参加している。
しかも、私の容姿に似た女性と参加しているなんて……
勘違いされるのも仕方がないと思えてしまう。
ここで仮面を外して『そいつは私じゃない』と叫んでやりたいが、それも噂になりそうなので我慢するしかない。
「はぁ……なんなのよ……」
やけ酒のように、手にしていた飲み物を口にする。
一気に飲んでやろうかと思ったが、飲み切れず半分残す。
「ねぇ、さっきのダンス綺麗だったよ。今度は俺としない?
機嫌が悪い時に更に不愉快な誘いを受ける。
「お断りします」
「残念。俺、さっきの奴よりいい男だよ」
男子生徒の発言に苛立ちが増す。
何も知らないくせに。
あんたなんかより、先生の方が何倍もかっこいいわ。
比べるだけ失礼よ。
「結構です」
飲みかけのドリンクをテーブルに置き、去る。
「ねぇ、このドリンク俺が確保しておくよ」
「結構です、もういりません」
「なら、俺が貰うよ」
「え? ひっ……」
言葉の意味が分からず振り向くと、男子生徒は私が飲みかけていたグラスに口を付ける。
濃いリップの痕が私が何処に口を付けたのか分かるだろうに、男子生徒は同じ個所に口を付け私に見せつけるように飲み干す。
「ご馳走様」
気持ち悪さに私は急いでその場を去る。
リップを消さなかった私のミス。
あんな気持ち悪いモノを見せつけられるなんて……
そういえば、過去の記憶に女優さんたちが飲み終わりのグラスを拭う姿を思い出す。
「あれはこういう事だったのね……」
薬用リップにしか縁がなかった私にはそこまで気が回らなかった。
「やっぱりパーティーは怖い……」
どこにいても誰かに見つかりそうだったので、誰もいない会場の外に逃げ出していた。
「どうしてここにいる? 」
「……ん? 先生?」
衝撃的な出来事に気分が滅入っていると、キングズリーを見つけ安心し先程の出来事を身振り手振りで必死に訴えた。
「……もうすぐパーティーも終わるだろう。私が送ってやりたいんだが、最終の見回りが残っていて……」
「大丈夫です。一人で帰れます」
「いや、この時間を狙って襲う奴もいる。少し時間は掛かるが、控室で待っていなさい。私が送る」
襲う?
またあの男みたいなやつが現れるの?
震えながらキングズリーを見上げる。
「……はい。待ちます」
キングズリーと共に控え室へ移動する。
「いいか、私だと分からないうちは扉を開けるなよ」
「……ぅん……あっはい……はい」
動揺して先生に対して失礼にも『うん』と答えてしまい言い直し、何度も頷いた。
キングズリーが戻るまでの一人の部屋は正直怖い。
コンコンコン
「ひゃっ……」
誰? 怖い。
さっきの男だったらどうしよう……
「私だ……キングズリー……」
「はいっ」
彼が戻ると急いで扉を開ける。
「待たせたな。送る」
「……お願いします」
会場内と校舎内に生徒がいない事を確認し終えたキングズリーに屋敷まで送られる。
「先生、ありがとうございます」
「いや。気にするな」
「おや? ロヴァルト様ではありませんか? 」
私の帰りを待っていたのか、父が出迎えキングズリーが捕まってしまった。
「公爵様、夜分に失礼致します。生徒を送りに来ただけですので、私はこれで」
「お待ちください、送りということは……ロヴァルト様がパートナーを? 」
キングズリーがパートナーをしてくれたのは確かだが、ここで認めたら父が動きそうな雰囲気だと直感する。
「お父様……先生は……」
「はい、私がパートナーを務めさせていただきました」
キングズリーは正直に告げてしまう。
「そうか、そうか。では、少し話しませんか? 」
嬉しそうな父の表情。
そして、我が家へ招き入れる動作……
何の話をするのか不安でしかない。
「お父様、私も一緒にいいですか? 」
「シャルロッテ、時間も遅い。早く寝なさい」
同席する事が許されなかった。
「……はい」
二人がどんな会話をしているのか想像しながら、髪の染料や化粧を落とす。
使用人に確認するも誰も同席する事が許可されず、二人が何を話したか知ることは出来なかった。
「『早く寝なさい』って、そんな子供みたいな言い方先生の前でしなくたって良いのに……」