私のパーティー会場
自身の席に座り窓の外を眺める。
教室はパーティー会場から離れているので、誰も私の存在に気が付かない。
誰もいない教室に一人……
「私……いつも一人ぼっちだ……」
前世を思い出してから、記憶を失い何も覚えていないでの学園生活。
誰も私が記憶喪失だと気が付かなかった……
安心しつつ、どこか寂しかったりもしている。
「誰も、私に興味ないのね……」
「ここで何をしているっ」
「え? 」
振り返るとパーティーに参加する身なりの男性がいた。
もしかして、私と誰かを間違えているのだろうか?
ここは彼らの待ち合わせ場所だったのかな?
「パーティーは始まっている。移動しなさい」
彼の声はキングズリーに似ている。
私は彼にシャルロッテ・アイゼンハワーと知られないように仮面を装着していたが顔を背けていた。
誰も教室には現れないだろうと、普段私が使用している席についている事に気付き焦る。
「いえ、私はパーティーには……」
「参加しないのか?」
「パートナーもおりませんし……」
「……大丈夫だ。既にパーティーは始まっているのでパートナーがいなくても目立つことは無い」
私がパートナーに裏切られ、屋敷に帰ることも出来ず教室で一人パーティーの時間が過ぎるのを待っている哀れな生徒と思っているのだろう。
「私は……しばらくしたら屋敷に帰るつもりですので、ご心配なく」
「そんなに嫌なのか? 」
「人が多いところは、私には不向きです」
「では何故来たんだ、アイゼンハワー」
「父が既にドレスの準備などを行い、私が参加するのを強く希望していたので……」
あんなに嬉しそうに話す父を悲しませたくないと思ってしまった。
私が記憶喪失になった事で悲しませてしまったので、これ以上はもう……
「パーティーが終わるまでここにいるつもりなのか? 」
「その方が楽かなぁって。あれだけ『パーティーには参加しません』と宣言してしまっているので、ばつが悪いです。先生は、そんな恰好でパーティーに参加されるんですか? 」
あれ?
私、今『先生』って言っちゃたよね?
声が似ているだけで間違えちゃった……
それより、さっき……
アイゼンハワーって言われなかった?
「生徒が羽目を外し過ぎないように、教師も仮面で隠しながら参加するんだ」
顔を覗かれないよう振り向かずに会話していたが、先生かもしれないと思い確認。
あっ、本当に先生だ。
もう一度確認すると、キングズリーにしか見えない。
普段の姿とは違い、仮面も似合っていて格好いい。
先生の印象的な紫の髪は黒くなっていたが、魅力的な瞳は紫のまま。
「……カッコいい……」
「テレンシオールパーティーは卒業パーティーの予行練習でもある」
今回のパーティーは卒業パーティーの予行練習……
ちゃんとした理由があるのね。
「そうなんですね」
「パーティーを経験していた方がいいんじゃないのか? ダンスして楽しめばいいじゃないか? 」
「ダンス……」
そのダンスとは、貴族がするダンスの事ですよね?
「あぁ……それも忘れたのか? 」
「はい」
もしかしたら、卒業式までにダンスの練習をしなければならないのかもしれない。
教室の窓を開けるキングズリーの行動に目を奪われ続ける。
パーティーはいつの間にか始まっていたようで、音楽が聞こえた。
「少しここで慣れておいた方がいいだろう……さぁ」
キングズリーに差し出された手を不思議に思いながら、手を重ねる。
エスコートされるまま教壇という狭い空間に到着すると、流れるように手の組み方が変わり距離が縮まっていた。
「足は肩幅に開き、背筋は伸ばし、右手は私の肩に……顎を引いて、視線は落とさず相手を見なさい」
「はい」
キングズリーによるダンス教室が始まる。
教えられた通りに姿勢を整え、今までにないほどの至近距離でキングズリーを正面から見つめる。
先生は良い香りで、次第に顔が熱くなる。
仮面を着けていて本当に良かった。
でないと私の顔は真っ赤だったに違いない。
にやけてしまう口元だけは、必死に引き締めダンスを続ける。
一曲目は基礎を教えてもらい、二曲目で体に覚えさせ、三曲目も終えた。
「要領は良いみたいだな、難しい曲でなければ相手のリードで何とか乗り切れるだろう。今日は仮面を着けている。失敗しても誰かに追及されることはない」
私はキングズリーのダンスだけで充分。
他の思い出はいらない。
寧ろキングズリー以外の人で記憶を上塗りされたくない。
「ダンス……しなきゃダメですか? 先生とだけで充分です」
「……ダンスはしなくていい……パーティーの雰囲気だけでも経験しておきなさい」
「……はい」
キングズリーの提案に承諾すると、そのままエスコートを受ける。
私が土壇場で逃げないように会場まで送り届けるようだ。
誰ともすれ違うことなく、月明かりに照らされながら長い廊下を進み会場を目指す。
「このまま会場に到着しなければいいのに……」