ハンカチ
「キングズリー先生、ハンカチ受け取って貰えませんか? 」
色んな場所でハンカチ合戦が行われており、その結果を目撃してしまうのが気まずく人通りのない道を通っていたらこんな場面に遭遇。
その場から離れるべきなのに、足が動かない。
「授業の課題のハンカチですね? 大切になさい」
「ハンカチの意味、知ってますよね? 」
相手の女性は以前のキングズリーに秘密のメッセージを送った人物ではない。
キングズリーは想像以上に生徒……女子生徒に人気らしい。
「……ん? 学生間の催しに教師が介入すべきことではないかな」
優しく諭す姿は教師そのもの……
その優しさは女子生徒にとっては拒絶そのもの。
「先生が好きです、私と……婚約して頂けませんか? 」
「自由を好む学生にとって、学園は閉ざされた環境。解放されたいと強く願う者は一つの手段として教師との疑似恋愛で発散する」
「私は本気です」
「教師と生徒という立場抜きで話すのであれば……私は貴族社会に疎く、侯爵家の恩恵はあまりありませんよ」
「侯爵との繋がりが欲しいわけじゃありません。私は先生が好きなんです。この三年間ずっと先生を見てきました。先生も気付いていましたよね? 私の気持ちに」
「……君の気持ちに応えることは出来ません。ハンカチは別の人に贈りなさい」
女子生徒を置き去りにキングズリーは去って行く。
彼が女子生徒のハンカチを受け取らなかった事より、生徒との恋愛は一切望んでいないことに打ちのめされた。
私が立ち聞きした事は気付かれていないはず。
静かに立ち去った。
「ハンカチ……」
元々誰かに贈る予定はなかったが、余計に行き場を失くす。
「んっんん」
誰かの咳払いに視線を上げると、久しぶりの人物が目の前にいた。
会話をする関係ではないので、私としては反応を見せる事なく通り過ぎる。
「シャルロッテ……」
何故私を呼び止めるのか理解できない。
足を止めようかと悩んだが、そのまま通り過ぎる事を選択。
「待ってくれ、シャルロッテ」
何故彼は私の事を呼び止める?
そもそも何故シャルロッテと呼ぶ?
「何? 離してほしいんだけど」
会話をする気もなく彼の横を通り過ぎれば腕を掴まれたので、返事をしてしまう。
「今までのことを謝罪したい」
「結構です。それと、私達は婚約解消したのでシャルロッテと呼ぶのは遠慮して頂けますか? 」
私を呼び止めたのは、元婚約者のジャイルズ・アンダーソン。
「あっそれは、すまない。アイゼンハワー令嬢、少し話がしたいんだ」
「今さら私達が話すような事ありますか? 婚約解消したのですから尚更会話は不要です」
「エヴァリーンの事はすまない。もう別れた」
別れた?
なんとも呆気ない。
「私に関係ない事なので失礼しますね」
「待ってくれ、俺と婚約してくれ」
婚約?
しつこいと思ったら突然の婚約宣言。
今日は婚約宣言日和なのか?
「お断りいたします」
「俺はシャ……君を傷付けてしまった事を反省した。できるなら挽回の機会をもらえないだろうか? 」
恋人と別れて、再び婚約だなんて……
私が公爵の娘という事で考え直したのだろうか?
「私は貴方と再度婚約するつもりはありません。他の方にその行動力を向けた方が有意義ですよ」
「……剣術大会で良い成績を残したら、君のハンカチが欲しい」
「お断りいたします」
「……剣術大会後に、もう一度願いに来る」
「勝手に話を進めないでください、迷惑です」
アンダーソンは自分の言いたいことだけ言い去って行く。
最後の私の言葉が彼に届いたのか不明だ。
都合のいい耳をしていそう。
「いい成績を残したところで……」
私が彼にハンカチを誰かに贈る事は無い。
理由は二つ。
一つ目は、彼と婚約したくないから。
二つ目は、あのハンカチの刺繍を誰にも見られたくないから。
「絶対に誰にもやるもんですか」