長期休暇へ
それからはキングズリーの事は考えないようにした。
いくら生徒に囲まれ長期休暇の予定を聞かれていても、私は耳を塞ぐ。
知らなければ、気にならない。
その後、試験の答案用紙が返却され確認する。
「結構いいのでは？ 」
どの答案用紙も正解数は七割から八割。
自信のあった教科では九割のものもある。
「記憶が無いわりには結構な点数を取れたのではないだろうか？ 」
答案用紙が返却された事で、掲示板には成績上位者の名前が張り出されている。
一学年、約二百名。
上位五十名の名が掲示板には張り出される。
見たところで私の名前はないだろうし、張り出された人物と本人が一致しないので確認するつもりもない。
私の思いは既に長期休暇に向いている。
「長期休暇……」
休みをもらっても、過去とは違って娯楽がない世界。
テレビ？ 映画？ ゲーム？ 遊園地？ スポーツ？
それらって、なんだっけ？
あるのは……人形劇、観劇、チェス、サーカス、ボール投げ。
「お金はあるのに……」
言ってみたいセリフをサラッと言えてしまうのに……
「欲しい物がない」
ありとあらゆる物を手に入れて『欲しい物がない』と言ったわけではない。
欲しい物はあるの。
それがこの世界には存在しないの……
知らなければもどかしくないが、知ってしまっているので辛い。
「長期休暇……」
「アイゼンハワー」
「はい」
「試験頑張ったな」
誰にも知られないよう隠れて努力したのを認めてくれるキングズリー。
彼の優しい言葉と微笑みに多くの生徒が勘違いしたに違いない。
「実力ですわ」
素直に『はい』と言えばいいのに、なんだがうまくできず悪役令嬢を演じてしまう。
「掲示板は確認したのか？ 」
「いえっ」
「気にならないのか？ 」
「確認したところで、誰の事も思い出せないので……」
「他人のではなく、自分のだ」
「私が上位五十に入っているとは思えません」
「確認してみろ」
促されるまま掲示板に向かう。
張り出されてから時間が経過しているので、人だかりは少ない。
「知らない名前ばかりです」
一位にある名前を確認しても知らない名前だ。
「ちゃんと確認しろ」
確認をしろと言われても、何を確認したらいい？
私が知っている名前なんて元婚約者くらい……
「ん～……んっ？ あっ……」
「見つけたか？ 」
キングズリーの勝ち誇った表情。
そこにあったのは私の名前なのに。
「四十二位……本当ですか？ 」
二百人中、四十二位ってすごいのでは？
「あぁ、努力したな。他の先生方も授業態度が変わり褒めていた」
「過去の私の事は分かりません」
「そうだな。だがもう、あんな無茶するなよ」
「無茶とは何のことでしょう？ 」
私は勉強なんてしてませんもん。
「誰が運んだと思っているんだ？ 」
運んだ……
「あっ……先生が……その……私を？ 」
そうだった。
倒れた私をキングズリーが運んだと言っていた。
「あぁ、そうだ」
「……ご迷惑をお掛けしました」
「顔色も戻ってるな」
キングズリーはズルい。
自然と私の頬に触れる。
私がどんな思いを秘めているのか知らずに……
彼の手を撥ね退けたらいいのに、それが出来ない私。
「長期休暇も無茶はするなよ」
「……はい」
キングズリーは教師として私と接しているに過ぎない。
それなら勘違いさせるような事しないでほしい……
「私の事なんて好きじゃないのに……勘違いしちゃうよ……」
