知らないことが沢山
キングズリーにお姫様抱っこされた事について、本当なのか本人に確かめたい気持ちがある。
だけど、いちいちそんな事を確かめる為にキングズリーを呼び止めるのは『面倒』と思われるのではないかと我慢していた。
「人気だなぁ……」
廊下で目撃するキングズリーは女子生徒に囲まれていることが多い。
年上で、見た目も良く、婚約者もいない。
過去の人生で教師を好きになるという経験はなかったが、今ならわかる。
大人の雰囲気が魅力的だ。
それに、貴族令嬢は淑女教育などを受けているので規則に雁字搦めな部分があり『教師との禁断の恋』に憧れを持っている令嬢もいる。
教師としては当然なのだが、困っていると自然と声を掛け助けてくれる。
そんなことをされてしまえば、次第にキングズリーが気になってしまう。
他の生徒にも同じことをしていると思うと、自分を特別に扱ってほしいと願う生徒も……
何故急にキングズリーを観察しているかと言うと、先程事件が起きた。
提出用の紙をキングズリーに届けようとした時、すれ違いざまに女生徒とぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
ぶつかった相手が私だと気が付くと、真っ先に謝罪を受ける。
「いえっ。こちらこそ、すみません」
私も謝罪すると、逃げるように去って行く。
だが、彼女が残していった一枚の紙を拾うと……
『キングズリー先生が好きです。長期休暇、一緒に観劇へ行ってくれませんか? お返事待ってます』
提出用の紙に先生への隠れたメッセージを確認してしまった。
先程の彼女に返却しなければならないのに、未だに私の手元にある。
私がこのメッセージを目撃してしまったとなれば、彼女は困惑するだろう。
誰にも知られたくない気持ちを知られるというのは不安で堪らないはず。
渡さなければならないのに、いつまでも私の手元にある。
「彼女……可愛かったな……」
静かで奥ゆかしいタイプ。
仕草からして彼女は貴族だと分かる。
「先生ってどんなタイプが好きなのかな? 」
あれ?
あの時、キングズリーは『結婚はしていない』『婚約者もいない』と言っていた。
「もしかしたら、彼女とかいたりするのかな……いるよね……」
キングズリーは見た目だけでなく、優しい。
そんな彼なら相手が貴族かどうかは分からなくても、彼女はいるだろう。
女子生徒の躱し方もスマート。
きっと、キングズリーにとっては告白まがいのメッセージを受け取ることは、過去にも沢山あったんだろう。
落とした紙は、長期休暇に学園の奉仕活動に参加するかどうかの確認の書類。
学園としては必要な書類で、令嬢も参加を希望している。
私が持っていていいものではない。
内容は見なかった事にして、職員室へ向かった。
キングズリーは不在だったので、書類を伏せて机の上に置く。
私がこの書類を持ってきたことは、誰にも知られることは無かった。