学園の噂は学園に留まることは無い。貴婦人視点
〈貴婦人視点〉
「こんなふしだらな絵画が人気だなんて……不愉快極まりないわね」
表現の自由を尊重しているとはいえ、節度を弁えないなんて……
庭で『夫と愛人が庭園で戯れている姿』が描かれている絵画が人気を博し、愛人を囲っている貴族男性はこぞって愛人との戯れを描かせ始めるのが最近の主流。
確かに夫の愛人の存在には気が付いていた。
だが、それは日陰の存在であったから目をつぶっていた。
なのに、今では堂々と存在を主張し始める。
それだけでも不愉快だというのにある貴族の奇行が波紋を呼ぶ。
「なんて悍ましい」
自身の主催するパーティーに愛人と絵画を紹介する愚か者が出たのだ。
『あなたは何を考えているの?』
『どうして夫の愚行を止めなかなかったの?』
『不愉快よ』
夫の愚行を止められなかった妻は、夫人達に追及され。
「申し訳ありません」
夫の愚行を止められなかった夫人は頭を下げ続けていた。
一度そんなパーティーが開催されてしまうと、『私達も』という人間が少なからず現れる。
あの絵画でさえ頭を抱えているのに、そんなパーティーまで開催されては妻としての立場が危うくなってしまう。
娘達の間でも父親に愛人が存在しているのに気が付いている……
「お母様、あのね……先日、アイゼンハワー公爵令嬢が婚約解消宣言したの」
アイゼンハワー公爵はとても有能な方で人格者。
だが娘を溺愛するあまり、令嬢は少々高慢に育ってしまった。
高位貴族の典型ともいえる。
令嬢に対して良い印象はないが、公爵には好感を持っている。
妻を亡くし後妻を迎え入れることもなく、今でも
『妻を愛している』
宣言する男性。
彼に愛された夫人は生涯、幸せだっただろう。
私は生きているのに、夫の愛は愛人へ向いている。
「えぇ、知っているわ」
「それでね、お母様」
「何? 」
「今日、あの方が……『私は、婚約の段階で不貞を行う人物と結婚する方が辛い人生を送ると思っています』と仰ったの」
「……そんなことを? 」
「それに不貞の証拠となる『愛人と戯れている絵』を描かせるなんて厚かましい。そんな生活に幸せはないとおっしゃったわ……お母様は幸せではないの? 」
「……それは……」
答えに困ってしまった。
愛人のいる夫を持つ私が娘に『幸せよ』なんて嘘でも言いたくない。
「あの方は『信頼のできる方と結婚したい』と……私もっ……信頼……出来る方と……ひっく」
「それは……婚約解消を望んでいるという事? 」
娘は小さく頷く。
「……相手がどんな人物であっても、婚約解消で傷を負うのは貴方なのよ」
婚約解消してしまったら、新たな婚約は難しくなる。
愛人の存在さえ目を瞑れば……
「今後一生背負う傷に比べたら、婚約解消など一時的な傷です」
「一時的な……」
私達の決定に逆らった事のない娘が、婚約解消などと大それたことを口にする。
娘の婚約は夫の仕事の関係で決まった政略だ。
相手の素行調査では、既に平民に親しい人物がいるとあった。
夫に事実を伝え婚約を考え直すように提案するも、
『有能な人間ほど愛人を囲うものだ』
自身の行いを正当化する発言。
私はそこで会話を諦めてしまった。
婚約者と親しいとされる平民の存在には娘も気が付いていたのだろう……
私が呑み込んだ事で、あの子も我慢をしていた事に今更ながらに気が付いた。
「そうよね……」
娘の婚約をどうにか出来ないかと調査を開始。
その時、アイゼンハワー公爵令嬢を婚約解消に追い込んだ女が我が家と取引のある相手だと知った。
夫に相談することなく、衝動的にマルティネス伯爵家との契約を解除した。
あの程度の家門であれば、代わりの家門などいくらでもいる。
娘の婚約を解消できるような何かを模索していた。
「これは……」
娘の芸術祭に参加するのは貴族であれば当然。
芸術祭の評価で勲章を頂けるので、大抵の貴族は自身の子供に投票する。
私も当然そのつもりで参加した。
あの絵を見るまでは……
多くの夫人が足を止める絵が気になり私も覗き込んだ。
描かれていたのは一見幼い子供の落書きの上に水でも溢したのかと思う程の絵。
「こんなものをよく芸術祭に出せたわね……」
だが、よく見るとあの絵画に似ていることに気が付いた。
そう、忌々しい『夫と愛人が庭園で戯れている姿』だ。
その絵を汚すように上から絵具を飛ばしている。
「……シャルロッテ・アイゼンハワー」
作者を確認すると令嬢の名前があった。
娘の話を聞いていなければ、令嬢のふざけた絵にしか見えなかっただろう。
だが私にはこの絵画が何を意味するのか理解できた。
「これは……」
理解した途端鳥肌が立つ。
私の怒りを代弁してくれているような絵画。
しばらくの間、目の前の絵画から離れることが出来なかった。
この絵画の前で立ち止まる夫人は同じ思いを抱いているに違いない。
ここへ来るまでは娘のヴァイオリンの演奏に投票するつもりでいたが、令嬢の絵画に投票した。
この絵画が王族の目に触れ、今の社交界の由々しき事態を一変出来るのではないかと願いを込める。
希望を持ったのは私だけではなく、夫の愛人に辟易していた夫人達も令嬢の絵画に投票。
生徒も婚約者の不貞を疑っていた者達はこっそり令嬢に投票していた。
その結果、シャルロッテ・アイゼンハワーの絵画は特別賞となり王族の目に触れる事になる。