私という人物
「……私はシャルロッテの父、エルディナンド・アイゼンハワー」
父は気持ちを整え自己紹介を始める。
「……はい」
「それで……お前は私の娘のシャルロッテ・アイゼンハワー。今年十八歳となり、テレンシオール学園三年に在籍中だ」
「そう……なんですね」
シャルロッテという名前は私の知っている乙女ゲーム・コミック・小説にも当てはまらない。
テレンシオール学園も聞いたことがない。
私が体験しているシャルロッテという人物は、私と同じ年齢らしい。
「シャルロッテは観劇の帰り、階段から転倒し頭を強打して運ばれた。その事は、覚えてないか? 三日も眠っていたんだ」
「転倒……三日……」
最近流行りの物語に似ている。
高熱やら頭を強打した事により前世を思い出し、ゲームや小説の世界に迷い込むという話。
私が置かれている状態は、まさにそれのように思えてならない。
「あの劇場を訴えるか? 」
「訴え……る? 」
何故劇場を訴える話になるの?
「劇場の管理を怠った為にシャルロッテを危険に晒したんだ。施設を閉鎖し、上演を中止させることも出来るぞ」
ようやく目覚めた娘への冗談かと思えば、父の目は本気。
「いえ、そんなことはしなくて構いません」
不注意で階段から転倒し頭を強打したのでしょう?
それを劇場のせいにして訴えるなんて……
非常識と言うか過剰としか思えない。
「いいのか? 本当に? 」
「はい。私が階段から落ちたなど、人様には恥ずかしくて知られたくは無いので秘密にしてください」
「分かった。シャルロッテがそう言うなら私も訴える事はしない」
良かった。
夢だったとしてもこんな展開は望まない。
今後私がシャルロッテと生きて行く時、過去の事は『私ではない』と強く思えても転んだ責任を劇場に償わせたという事実が残れば否定できなくなる。
「心配してくださり、ありがとうございます」
「当然だ。シャルロッテから何か聞きたいことはあるか? 」
「今はまだ……」
私は私の何を聞いていいのかすら分からない。
「そうだな。分からないことがあれば私や使用人に尋ねなさい」
「はい」
「今はゆっくりと休むと良い」
父は部屋を出て行く。
この一件で、父がシャルロッテを溺愛しているのが伝わる。
「そうだ、お母さん……様は? 」
部屋にいる使用人に尋ねると、表情が硬直する。
きっと聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろう。
「奥様は……お嬢様が幼い頃にお亡くなりになりました」
あっ、やっぱり聞いちゃいけなかったやつ……
予感はあった。
父親のあの溺愛ぶり。
娘を異常に溺愛するのには大抵理由がある時。
遅くに出来た娘。
奥さんに先立たれた。
後妻で無条件に溺愛……の三つのどれかが多い。
あの人の場合、奥さんを失った悲しみを埋めるように娘を溺愛している……だった。
「お嬢様は……本当に覚えていらっしゃらないのですか? 」
「うん、何も……」
「そうですか……」
「私ってどんな人間だったの? 」
「おっ嬢様は……」
彼女の反応からして、またしても余計な事を聞いてしまったのかもしれない。
何気ない会話だと思っていたが、私はあまり良くない人格だったのかもしれないと脳裏に過る。
「あっ……無理には……」
「お嬢様は……ご自身に正直な方です。物怖じせずはっきりと口にしておりました」
「……そう」
言葉を選んでの発言だと分かる。
正直。
物怖じしない。
それは決して良い意味で言ったのではないだろう。