悪い事したい・その五……婚約解消宣言
何かのヒントにと美術館に訪れたのに、なんの閃きも起きなかった。
悩みながら学園の廊下を歩く。
「シャルロッテ……シャルロッテッ……」
「あっ、私か」
未だにシャルロッテ・アイゼンハワーという名前に慣れていない。
振り向き私を呼んだ相手を確認すると予期せぬ人物だった。
「そんなに俺の関心を引きたいのか? 」
この男は急に何を言い出すのか?
「なんの事でしょうか? 」
「俺の休日の行動を探らせ尾行するとは公爵令嬢とは思えない行動だな」
「何を言っているのでしょうか? 」
「先日、美術館で俺が気が付いていないと思ったのか? あぁいうのは止めてくれ。俺にも自由が欲しい」
私がいつ貴方に強制した?
しかも偶然にも拘らず私が追い掛け回したみたいな発言。
あんたが勝手に逃げたんだろうがっ。
「何か誤解があるようですが、美術館に行ったのは偶然です。まさかアンダーソン伯爵令息もあの時間に女性といらっしゃるとは思いませんでした」
「なっ、令嬢は友人だ」
「そうですか。私には関係ない事ですね」
「関係ない? 俺が婚約者なのにか? 」
「あっ、そういえば貴方様は私の婚約者でしたね」
「ふっ、今さら白々しい。無理やり婚約を迫っておきながら。俺と令嬢の関係に口出すようなら婚約について考え直さなければならないな」
彼は婚約解消は決してないと思っている態度だ。
婚約解消……考えた事なかった。
「そうですね。では、婚約解消致しましょう」
確かに売り言葉に買い言葉だったのかもしれない。
だが言って気が付いたが、いい提案ではないだろうか?
私達の会話を面白がって聞いていた者達も、私の突拍子もない発言に一気に緊迫感を感じ始める。
「……何を……言っているんだ? 」
自身が言い出した事なのに、彼は虚を突かれた表情を見せる。
「婚約を解消したいと言っているんです」
「そうやって俺の気を惹きたいのか? そのような行動が男を興ざめさせるんだ」
あなたの気など惹く気は全くないんだが……
「令息には伝わっていないようですが、私は本気です。貴方様との婚約解消を望みます」
「は……ははは、シャルロッテ……婚約は……そんな……簡単に……解消……出来るものでは……」
乾いた笑いに私の名前も正しく言えない程の混乱ぶりをみせる。
「出来ますよ」
「は……ぃ? 」
信じられないといった彼の表情。
「この婚約は私が言い出した婚約です、解消も私の意思で出来ます」
「公爵は……」
「お父様は本来、令息ではなく別の方を望んでおりました。なので、今回の私の決断には喜んでくださると思います」
貴族の婚約は政略的なものが主流。
彼も伯爵家と繋がる事で公爵に旨味があると思い込んでいたのだろう。
公爵が令息ではない別の相手を望んでいた事実は初めて聞いたようで、彼は次第に震えを抑えることが出来なくなっていた。
「シャァ……ルロッテは……俺との婚約を……望んでいたんだろう? 」
公爵を諦め、今度は私に縋りつき始める。
「どうでしょう? 婚約を申し込んだ頃の私は、貴方の『顔』に興味がありました。今は……飽きてしまいました」
「飽き……て……」
笑顔で宣言すると、彼は口をパクパクさせ始める。
あの恋人がいるんだから、婚約解消は彼にとっても良い提案なのに何故動揺しているのだろう?
公爵家との繋がりが切れるのは困るのだろうか?
なら、あんなに堂々と恋人と出かけることも私に苦言を呈することもしなければ、こんなことにならなかったのに。
誰もいない場所であればなかったことに出来るのだろうが、こんな場所を選んだのは彼自身。
周囲には多くの生徒が私達に注目している。
「ですので婚約解消の話は私から父、公爵に伝えておきますね。令息には既に心に決めた令嬢がいることは公爵に伝えておきますか? 」
「やめてくれっ」
自身の不貞が原因で婚約解消となれば、娘を溺愛する公爵からの報復に怯えているのかもしれない。
だが私としては令嬢の話は出さないが、婚約解消の話は出す許可を頂けたので満足。
「分かりました。その事は私からは伝えないでおきますね」
話が終わり去って行く私の道を塞がないよう、集まっていた人々は自然と避けていく。
多くの生徒がいた訳ではないが、休憩時間で人が行き交う廊下での公爵令嬢の『婚約解消宣言』。
そんな誰もが興味を引く話題は、その日のうちに全校生徒だけでなく教師までもが知ることになった。
本日の一言日記。
婚約解消は少しでも怯んだ方の負け。