1 ヒロインとヒーローは出会う
どこにでもいる普通の女子高生って、どんな感じなのだろうか。
はたして、この物語の主人公が普通の女子高生なのか、そうでないのかを判断するのは、今からこの物語を読むあなたに任せたいと思う。
大きな町の駅から10個北に進んだ駅には、ひとつの大きな学園がある。小中高大まであるその学園は森の奥に建てられ大きな建物で、長い歴史を背景に持つ有名な進学校でもある。
レトロでかわいらしく西洋風の校内は、国内でも有名な学園である。
そこに通う生徒は制服をしっかりと着こなす真面目な生徒から、ゆるっと制服を着こなす生徒まで、性格も幅広く、多様性も重んじる校風となっている。
その歴史ある学園の一番奥の古い旧校舎には、旧美術室がある。旧美術室の窓は誰でも入れますよと言わんばかりに開け放たれている。その窓の先で、一人の少女が自身の身長よりも大きなキャンパスの目の前で立っているようだ。
少女は長い黒髪を乱雑にまとめ、丸い眼鏡をかけ、制服の紺のスカートの下には体操着のようなズボンを履いている。正直、小説にでてくるようなヒロインにはとても見えない。
「おーとーちゃーーーーん」
大きな声と共に美術室のドアが開いた。声の犯人は絵を描いている少女と同じ制服を着た美少女だった。少女の髪は薄茶色で長く、そしてまるでお高い絹のようにつやつや。みんなが憧れてやまないような、まさしく神が与えし髪質だ。さらに瞳も大きく、しかし決してすべてのバランスが心地よく並んだ立ち。こっちの方がよっぽど恋愛小説のヒロインにぴったりだ。
「いや私がヒロインだから。なにがなんでもヒロインだから。譲らないから。」
「どこに向かって話してるのさおとちゃん」
この物語のヒロインの名は浜崎 音。由来は特に難しいものではなく、
「音って素敵でしょ。」という浅いようで深くみえるけどやっぱり浅い由来だ。もはや由来なのかも怪しい。そこはせめて音のように毎日を彩る子になってほしいとか、音楽が好きな子になってほしいとかあるのではと音は少し不満をもっている。だが、それなりには気に入っている。よくかわいいと褒められるからだ。
彼女は美術部の部員である。音のくせに美術部かよ。音のくせに吹奏楽ととかじゃないんだ。とかなんとかは、テンプレ過ぎてもはや私の耳には届かない。しっかりスルーする。
時は季節で言うと春。音はもう高校三年生で、なんと美術部の部長を任された音。
はたしてうまく務まるのか、彼女は無事、青い春を乗り越えられるのか。
「さっきからうるさいよみーちゃん。」
「だっておとちゃん、さっきから何にも反応ないからさ。それ、いつ描き終わるのさ。
去年の冬休みからずっと描いてるよね。しかもあと少しってところで永遠と進まないじゃん~。」
おとは旧美術室を自分のアトリエ化し、去年の11月から描き続けている絵があった。あと少しなのに、音は何かが足りないと、ずっと絵を完成できずに4月まで来てしまった。
「何かが、足りない。」
もういっそのこと、このまま完成にして「未完成」というタイトルにしてしまおうか。そしたらなんかエモくて全ていい感じに収まる気がしてきてしまっている境地までは来ていた。
「もういいから、とりあえず部活の時間だから!!」
今は部活が始まる5分前。15時半に授業が終わり、16時からは校内の全ての部活が一斉に始まる。
私は最近、授業が終わってすぐに旧美術室に走る。
部活が始まるまで25分しかなくとも、私は自分の絵を少しでも進めようと必死だ。
私にとって、絵は自らの住む世界といってもいいくらいの存在だ。私が描くのは世界の絵だ。風景画などではなく、自分の思い描いた景色、色、生き物、人間、それが現実に存在するのかどうかは、私でさえわからないのだ。想像し、描いたキャンバスが私にとっての世界であり景色だ。そんな第二の住む世界が未完成のままで、心底居心地の悪い気持ちに駆られ、非常に焦っていた。そして何とも言えない虚しさを感じていた。
キーンコーンカーンコーン
みーちゃんであり美少女であり美術部副部長であり北川美里でもある少女に腕をひっぱられ、旧校舎から走って3分の場所にある新校舎の美術室にやってきた。
なんとか間に合ったと安堵する美里の横で、私は死んだミイラのような顔をしていた。
「音ちゃん、体力なさすぎるよ。ミイラだよ。妖怪だよ。背景が縦の棒線5本に紫のオーラだよ。」
「言いすぎだよね絶対。しょうがないよね私文化部だから。オマエガオカシイ。」
美里は文化部だが、体力がある。朝は必ず走ってるらしい。さすが美少女だ。
ぜぇはぁと息を切らしながらぶつぶつ文句を言っているミイラをよそに、美術部員は各々が坦々と準備に取り掛かる。基本的にこの学園の美術部は、各々が好きなように、好きな絵を描くスタイルだ。日々の活動は、そもそも部長がいなくても成り立つのだ。みんな私と美里のやりとりには慣れているし、もはや日常的な一コマに過ぎない。
だがしかし、今日は新一年生が見学に来る日だった。部員もいつもより姿勢よく少し緊張しているようだ。さすがに部長がいないとまとまりがないので、私もしっかりミイラになりながらも部室に来たというわけだ。
「みんなちょっと聞いて。今日は一年が見学に来るから、一応相手は基本私がするんだけど、なんか適当にかっこよさそうに描いてください。憧れられるように。尊敬できるように。以上。」
難しいからそれ。なんだその無理難題。このノリに慣れてはいるが、毎度音の指示には困る部員たちである。
「みんな、普通にしてて大丈夫だからね。妖怪の言うことは無視していいから。」
「誰が妖怪だこの美少女すぎるただの身長160センチ視力両目Aめ。」
美里先輩こと学園のマドンナこと美少女は、視力もいいんだ。
「すいませーん。一年です。見学に来ました。」
教室の扉が開き、ぞろぞろと一年生が入ってきた。30人程度の生徒が見学しに来た。例年よりもはるかに多かった。この学園には、部活は40個ほど存在する。生徒数も多いし、何より生徒が3人以上集まり、顧問をゲットできれば部活を作れる制度なので、非常に数が多い。
なので、美術部と言っても似たような”お絵描きクラブ”や”ゆるキャラ部”など、ジャンルによって部が存在するので、美術部に入るのは毎年10人程度なのだ。そして男子は非常に少ない。現在の部の男子部員は一人だけだ。
「今年は多いですね部長!」
声をかけてきたのは二年生のわたる君だ。わたるくんは美術部唯一の男子部員でなかなかに好青年であり、顔がとてもかっこいいのだ。しかし、わたるは過度な美術オタクだ。とくに女性のヌードを描くのが大好きで、もちろん芸術としても非常に素敵で大変描くのが難しい分野だが、間近でそのことについてよだれを垂らしながら力説する姿はもはやイケメンを通り越してオタクだった。そんなこんなで彼は部員から”わたるん”と呼ばれ、すっかりオタクポジションで親しまれボーイとなっていた。
「わたるん、たぶん君の面が引き寄せたのかも。」
イケメンはイケメンだから。知らぬが仏とはまさにこのこと。そして絶対数人の男子たちは美里狙いだ。目がハートになりながら美里を熱く思春期の目線で見つめている。
「一年生の皆さんはじめまして。私は部長の浜崎音です。私たちは基本自由に風景の絵だったり、油絵、人の絵を描いたりしてます。いわゆる真面目な美術部って感じだね。今日は好きなだけ先輩たちがどんな絵を描いてるのかみてもらって、もし一緒に描いてみたい、絵が上手くなりたいと思った人はぜひ入部を考えてみてね。初心者も大歓迎。何か質問があったらいつでも私か、副部長の
「北川美里です!何でも聞いてね!」
はい!そんな感じで、解散は自由です!好きなだけ見ていってねー。」
一年生は少し動きづらそうにしながらも、各々が散らばって部員の絵を見始めた。らよかったんだけど、やはり数名の男子生徒は美里のもとに集まり、数人の女子はわたるんのもとへ群がった。
残りの10人はいそいそと真面目に他の部員の絵を見てすごーいとか上手だねとほほ笑んでいる。
やはり今年も入部は10人程度かなーと、音は教室の前の黒板の前に椅子を置いて座りながらそんなことを考えていた。
「あの、すみません。」
音がぼーっとしていると、横から男子生徒が話しかけてきた。音が横を向くと2人の男子生徒が、音の隣に立っていた。
音は一瞬固まったがすぐに立ち上がり返事をした。
「なんですか?質問かな?」
男子生徒はにこにこしながら音に聞いた。
「先輩は絵描かないんですか?」
二人のうち一人の愛想のよさそうな一年が聞いてきた。にこにことした笑顔に柔らかい話しかけ方。人懐っこいことがよくわかる。
私は愛想のよい人が得意ではない。苦手とかではなく、単に相手の真意が読めないからだ。
初対面の人には一応愛想よくできるが、心の底からの警戒心をもっている。
人はわからない。男性となると、一段とわからない。
「あー私は今日は描かないよ。いつもは描いてるんだけどね。」
にこにこと答えると男性生徒はにこにこと答えた。
「そうなんですね。部長の絵見てみたいです。」
人に慣れているんだな、感心しながらも警戒した。本心はなんなのか。
深い意味はないのだろうけど、疑ってしまうの音の性分だった。そんな自分が少し悲しくもあった。
「入部してくれたら見れるよ。ぜひ検討してね。」
冗談ぽく、圧がかからないように言った。
男子生徒2名はそのまま教室を一周してから、帰っていった。
話さなかった方の生徒は大人しそうだったから、あの子の付き添いだったのかもしれない。
明らかに運動部な見た目だった。サッカー部らへんかな。にしてもあの髪はてんぱかしら。
触ってみたいな。犬みたいで。そんなのんきなことを考えているうちに、その日の部活は終わっていた。美術部は18時までで、その先は残りたい人だけ好きにしなさいスタイルだ。
一年生も無事に帰り、ほとんどの部員たちは帰っていった。私も今日は人前で話し疲れたから、旧美術室には寄らずに帰った。
そんなこんなで、新入部員が入ってくる時期になり、結局入ってきたのは10人だった。
「毎年なんで10人くらいなんだろね。これぞ学園の不思議だよ。」
みさとは部室で机に寄りかかりながら、美味しそうなブロッコリーをかじっていた。
今は昼休みで、美里と私は部室で昼ご飯を食べていた。旧部室の方が何かと人目につかず、私はお気に入りなのだが、あまりにほこりっぽいため美里が拒否している。
お昼のメロンパンを頬張りながら返事をする。
「そういえば、今年は男子が2人入ってきたんだよなー。めずらしい。わたるんもついに仲間ができるのだな。」
わたるんが男子部員一人でさみしそうなところは見たことはないが、なんとなく適当にそんなことを言っておいた。
あの男は女性の肉体美を描くのが好きなので、男子部員がいようがいまいが関係ないのだろう。
「そうそう。なんだったかな、音が話してた男子二人だよ確か。さっき職員室の前ですれ違ったんだよ。しっかり二人とも挨拶してくれたよ。でも、一人はいかにも美術部だったんだけど、もう一人はいかにもサッカー部みたいな男の子だった。」
「え、やっぱそうだよね。あの肌の焼け具合や髪形をちゃんと整えてますってとこがいかにもだよね。」
はじめて見たときからサッカー部だと思っていたので、誰かと共感できて少し舞い上がっていた。少し盛り上がりすぎて声も大きかった。そう。二人ははしゃいでいた。周りの異変に気付かづに。
「あの、俺のことですか?」
あ、まずい。よくある近くにいたけど気づかなくて話聞かれるやつだ。いや絶対気づくだろってテレビ画面指さして笑ってたのに。あるんだ。現実に。
「あ、そう。あの、え、でもサッカーやってたよね?やってなかった?ごめんあの、決して悪気はなくて、あーでも悪気ないからってなんでもやっていいわけじゃないのは知ってる。ごめん不快にさせたかな。」
音はおもった。あれ、こんなにしてまで謝る話題じゃなくねこれ。あいつくさいとか、あいつうざいとかなあらまだしも、あいつサッカー部っぽいよねでここまで謝罪する必要ないよね。
やばい大げさガールすぎた。わずか数秒で猛烈に恥ずかしい。
後輩男子は驚いたように目を開けた後、にっこりとほほえんだ。
なんだその顔。音は、よくわからないがその笑みを心底苦手だと感じた。
愛想のいいひとは怖い。こやつやはり、少し苦手かもしれない。
「そんな謝ることじゃないですよ。まじでサッカーやってましたし、すごいですね!当たってます!」
後輩1は楽しそうに答えた。
「そうだよね!いやーなんか驚いてすごいおおげさな反応しちゃた。ごめんね。」
「いやいや、驚かせてすみません!でも高校からはサッカーやめて絵描きたいなって思っているんで、先輩見習って頑張ります!」
「まじかー。見習われるように頑張るねー。ははははhaha。」
この坦々とした返し、一切おどつかない態度。先輩慣れしているこのチャラい雰囲気。
だめだ。私の苦手苦手センサーが止まらない。むかしから男性は苦手だが、女性慣れした男性が一番苦手だ。見た目で判断するのはよくない。しかし、これだけはどうしようもない。
そのまま後輩二人はにこにこしながらさっていった。
「いやー。あの子絶対音ちゃんの苦手なタイプだよね。音ちゃんの笑顔上辺すぎたからわかりやすいよ。あれは、あっちも気づいてるんじゃない?音ちゃんの壁。」
私が壁を立てるのは今に始まった話ではない。だいたい多くの人間は初対面の人間に壁を作って接するものだ。私のはそれが少し分厚いだけ。これからの部活でも分厚い壁を立てるかもしれないが、それは通常運転だ。部長としてはしっかり対応するつもり。
「はい!今日は新入部員も参加ということで、さっそくこの時期恒例の”先輩と後輩の協力展示会”のペアのくじ引きをしていきたいとおもいます~。」
一年生が少しざわついた。
「知らない一年生も多いよね。この展示会を毎年恒例なんだけど、1年生は2.3年生のだれかと一人二組になって共同で作品を作って、それを展示するの。そんなに厳格な展示会じゃないから、実力は心配しなくても大丈夫。でもOBの先輩や学校のお偉いさんも毎年見に来るから、真面目に頑張ってください。ということでくじ引きです!だれと当たっても文句なし!協力してくださいね!」美里の美少女全力の説明で一年生はしっかり理解した様子だ。
私は今年は誰と当たるかな~。去年はわたるんと当たったから、大変だったな~。わたるんの得意な絵と私の得意に絵が違いすぎて、何をどう描くか迷ったものだ。わたるんはオタク全会すぎて、男性として意識する余裕もなかった。もはやオタクでしかなかった。いきおいがすごすぎた。
そんなことを考えながらくじを引くと、私の番号は10だった。
そのまま紙を開いたまま手を挙げた。
「10番の人ー」
「あ、俺です!」
あ、君か。
「先輩の絵、みてみたかったんで嬉しいです!」
犬なのかな、この子。それは私が苦手だと思った男子生徒だった。
てかフラグすぎた?もしかしてみんな気づいてた?そんな漫画みたいなことは起きないと思っていたんだけど。そうだよね。これでこそ、人生はハードだ。
「よろしくね!頑張ろう。」
私の顔は大丈夫だろうか、ひきつってるかも。
先が思いやられる、私、大丈夫かな、?
次回 なんかこいつすごい迫ってくる!なに!なんなの!