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2. なつやすみ真っ最中

 演劇部と文芸部の夏合宿は、海のちかくの合宿所で行われる。

 蘇我で乗りかえる。

 外房線って初めて乗った。

 塚田は肩に担いだ荷物を下ろす。

 四人がけのボックスシートに並んで座る。


「帰りは特急にするか」

「そうだね」


 演劇部員は往きも特急らしい。

 ボクたちは鈍行で向かう。


 塚田がナップザックからじゃがりこと水筒を取りだす。

 冷えた麦茶がおいしい。

 肩をくっつける。

 塚田は通りすぎる車窓を眺めている。

 郊外がだらだらと続く。


「美鈴……」

「なーに?」

「いや、なんでもない」


 がたんごとん。

 抱きよせられる。

 キスされる。

 練習のキスをする。

 偽物のキスを、する。


 ちょっと、かなり、胸がもやもやする。

 せつないって、こういう気持ちだったんだ。

 本物のキスが、いいな。

 きっとしあわせな味がするんだろうな。


「塚田……」

「なんだ?」

「どんな花火、買ったの?」

「手持ち花火とドラゴンだ」


 塚田は部長に花火調達掛を押しつけられた。


「やった! ボク、あれ好きなんだよね」

「知っている」


 くだらないことを話しながら、大事なことを話せないまま、ボクたちはときおりキスを交わす。

 知らない駅で電車が止まり、あとから来たのに追いこされる。

 塚田の手が脇腹からおなかにもぐりこんで、はいあがって肋骨をなぞる。


「美鈴……」

「なーに?」

「いつもとちがう匂いがする」

「普段より強い日焼けどめだから」

「夏だからか」

「夏だからだよ」


 開いたままの扉から夏が吹きこんでくる。

 首筋を甘く噛まれる。

 首筋に吸いつかれる。

 強く痕をつけられる。

 鼻から声がもれる。


「わるい、むしだ」

「ああ、悪い虫に噛まれたと言い訳すればいい」


 塚田の頭に手をまわす。

 男の子の匂い。

 電車が動きだす。

 がたんごとん。


◇◇◇


「演劇部対文芸部、麻雀対抗戦! どんどんぱふぱふ!」


 風呂上がり、合宿所の広間で年代物の麻雀マットを広げる。

 大学生らしきカップルがカクテルを作りながらいちゃついている。


 部長が麻雀牌を引っぱりだしてくる。

「赤ありでいいかな」

「了解だ」

 答えつつ塚田は牌に手を伸ばす。

 ボクはラシャを撫でる。

「ボクと塚田と部長、あとひとりは?」

 一年生の鈴木くんが挙手する。

 演劇部の稀少な男子部員だ。

「うっす! 点数計算できませんが頑張ります!」


 ぶちまけられた牌をかきまわしつつ、塚田が目を細める。

「なにを賭けるんだ?」

「賭けるのはプライドさ」部長が告げる。「実際には、そうだね、花火代の清算でどうかな?」

「いいだろう」

 塚田が答える。


「サイは一度振りでいいな?」

「うっす!」

 塚田の問いかけに、鈴木くんは元気良く返事をしてしまう。

 部長が眉間を揉む。

「鈴木くん、このふたりは甘い相手じゃないぞ。もっと警戒しろ」

「うっす!」

「うっすじゃないよ、まったく、もう……」


 場決めする。

 鈴木くんが北を引く。

 塚田が南を引く。

 部長が仮東、塚田、ボク、鈴木くんの順。

 席替えする。


 部長がサイコロを振る。五二の七。部長が舌打ちする。

 ボクがサイコロを振る。三六の九。

「ボクが起家だね」

 親マークにゆっくり手を伸ばして、部長の動きを邪魔する。


「あたしぃ、牌積むのぉ、苦手でぇ。ちらっ、ちらっ」

「美鈴のぶんは俺が積もう」

 自山を積み終わった塚田が、ボクの山を積み始める。

「きゃあ、塚田くぅん、ありがとぉ。はぁと」

「まかせてくれ。ほかならぬ美鈴のためだ。これくらいへっちゃらさ。キラーン」

「きゃあ、塚田くん、素敵ぃ。ぽっ」


「部長、なんかいちゃいちゃが始まったっす」

「お莫迦! こいつらがそんなたまか。こいつらは、たちの悪い比翼連理だ!」

 鈴木くんが山を積み終わるのを待たず、ボクはサイコロを滑らせる。

「四一で自五」

 ドラ表示牌は白。

 つまり發がドラだ。


「ねえ、あれ、積みこみしてる?……」

 カップルの女のほうがつぶやく。

「してそうだなあ。ドラ爆……いや、それだけではないのか?……」

 男のほうは顎に手をやって考えこむ。


「塚田、差しウマを握らないか?」

 部長が心理戦を仕掛けてきた。

「ふむ?」

「負けたほうは、好きなひとの名前を白状する」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁ!」

 ボクは叫ぶ。

「部長が大学生の彼氏とらぶらぶなの、みんな知ってるし、賭けにならないよ! ボクと塚田で握るのが筋でしょ!」

「美鈴、あのな……」

 部長が、にちゃり、と笑う。

「しょうがないなあ。賭けはみーちゃんに譲ってあげよう。きみたちふたりの点数の低いほうが、好きなひとの名前を挙げる。決まりね?」

「ばっちこーい!」

「美鈴、乗せられているぞ」

「ボクたちは勝つ。そうでしょ、塚田」

「ああ、俺たちは勝つ」


 おいてきぼりの鈴木くんがおろおろしている。

 ごめんあそばせ。

 いや、ぜんぜん、ごめんとか思ってないけど。


 配牌を伏せたまま、塚田はシェイクスピアを諳んじる。

「あの人にとっては、真心も帽子の流行同様、次々に()型を追掛けて千変()()まりなし」

 理牌もそこそこにボクは南を切りながら応える。

「全く才気()()だな、猟犬よろしく、直ぐ噛附く」

「なんの話してるんすか? あっ、それポンっす!」鈴木くんはボクの捨てた南を鳴く。「一巡めで張ったっす。今日はついてるっす」


「あの子たち、シェイクスピアでチクローズしてるぜ」

「うん。『空騒ぎ』かな、福田恆存訳」

 グラスを傾けながら、女のほうが目を細める。


「鈴木くん、あのね……」部長がうめく。「やるしかないか。中村ちゃん!」

 会計の中村ちゃんは、カバーなしの岩波文庫から目線をあげて、ちいさくうなずく。

 鈴木くんの背後に移動して、肩に顎を乗せる。

「ちょ、ちょっと、なにするんですか!?」

 鈴木くんはあわてて身体を離す。

 中村ちゃんは唇に指を当てて、鈴木くんを黙らせる。

 それから唄うように朗読した。


「最初の人はケントの生れ

 男の標本みたいな人、

 二人目は港に船を()()もっていた。

 三人目は夢()で私を追っかけた」

「三索と中のシャボってことかな?」中村ちゃんがこくこくうなずく。「振りこむこともできないか……」

 部長は弱々しくつぶやいた。

「え、え!?……」

 鈴木くんはおろおろしている。


「いまどきの高校生が、ブレヒトなんて読むもんかね」

 氷を割りながら、男のほうが感嘆する。

「あたし、詩集しか読んだことない」


 塚田が發を切る。

「槓!」

 ボクは三枚の發をさらす。

 槓ドラをめくる。表示牌はまたしても白。

「きたぜぬるりと……。てへっ、役牌ドラ八で親倍確定しちゃった」

 表ドラは發、槓ドラも發。

 嶺上牌を伏せたまま、手牌から鳥さんを捨てる。


「どうした、鈴木くん。キミの番だぞ」

 塚田が低くやさしい声でうながす。

 我にかえった鈴木くんが一萬をツモ切りする。

「御無礼、ロンです」ボクは牌を倒す。「二万四千」

「俺もロンだ」塚田が伏せていた手牌をひっくりかえす。「九蓮宝燈」


 カップルの男のほうが口笛を吹く。

 鈴木くんが目をまるくする。

「やべえっす、部長! 塚田さん、マジぱねえっす! あれっす、あがったら死ぬやつっす!」

「ダブロンでも頭ハネでも結果はおなじ……容赦がないな」部長は自分の手牌をにらみつけて、ぱたりと伏せる。「煽ったのは悪手だったか……」

「ど、ど、どういうことっすか?」

 鈴木くんはあいかわらずおろおろしている。

「鈴木が盆暗だってこと」

 中村ちゃんは鈴木くんにきびしい。


「喉がかわいたな」

 塚田は作りおきの麦茶を注ぎに行く。

 カップルの男のほうが手招きしてグラスを差しだす。

「あざやかなもんだね。観戦料に、キューバリブレ、ラム抜きをどうぞ」

 それってライム入りのコークだよね。

「ありがたく」いっきに飲みほして、「つかぬことをうかがいますが……」

「なんだい?」

「このあたりにラブホってありますかね」

 カップルの女のほうが答える。

「街道沿い、内陸のほうにいくつかあったけど……四、五キロあるよ、ここからだと」

「俺ら、もう飲んじゃってるからなあ。車は出せねえ」

「あんた、自転車貸してあげたらいいじゃない。ついでにさ……」

「そうか、そうだな。えーと……」

「塚田です」

「俺たち、映画撮ってるんだけどさ」

「帝工大の映研サークルさんですよね」

「さすが、盆に明るいね、塚田くんは」

「エントランスの看板をおぼえていただけです」

「塚田くんに、折り畳み自転車をお貸ししたいと思う。二尻(にけつ)でだって、そうはかからない。かわりにさ、ちょっと撮らせてもらえないかな」

 告げて男は足早に立ちさる。

「おねがい!」

 女は手をあわせて拝んだ。


「いいじゃないか!」部長が腹から声を出す。「これぞ、演劇部の本懐だ。やってこい、塚田! ご一緒に鈴木くんもいかがですか?」

「鈴木くんはいらないかな。そっちの……」

 女のゆびさきがボクをさした。

「岡本です」

「みーちゃんだよ!」

「塚田くんとみーちゃん、ふたりを撮影さしてください!」

「ボクたち演劇部じゃないんだけど?」

「どゆこと?」

 女は首をかしげる。


「われらは演劇部と文芸部の混成ユニット!」

 部長が胸を張る。

 中村ちゃんは、しょんぼりした鈴木くんを点棒でつついている。


「ますます素敵! 演劇部にまぎれこんだ文芸部のイケメンカップル。萌えてきたわぁ。ふたりが自転車で疾走する。これだけでごはん三杯いける!」

 男が輪行袋を抱えて庭に現れる。女が窓を開けると、道路地図を室内に放りこむ。

「パラトルーパー、海兵隊御用達の自転車だ。折り畳みだが、ふつうのクロスとくらべたって剛性に遜色ない」

「ほんとうはモールトンの画が欲しかったんだけど、貧乏でね……」

 塚田がうなずいてるけど、ボクは自転車ぜんぜんわからない。

 女はデジタルビデオカメラの電源を入れる。


 部長が財布から万札を取りだして、塚田に渡す。

「花火の代金だ。これだけあれば宿泊代は足りるだろう? 部長として釘をさしておくと、風営法上のラブホテルは十八歳未満は利用できないからな。自転車の二人乗りも違法だ」

「わかっている」

 塚田はうなずく。


「自転車、借ります。地図も」

 塚田がナップザックを背負う。

 ボクは鞄を斜めにかける。

「朝食までに戻る」

 塚田が部長に告げた。


 ボクたちは夜に漕ぎだす。

 女のかまえるカメラが遠ざかる。

「俺たちも清算しなければ、な」

 ボクは聞こえなかったふりをする。


 ボクたちは賭けをした。

 賭けたのは、隠したはずの恋心。

 この思いに決着をつけなきゃいけなくて。

 だけど、覚悟なんか決まるはずがなくて。


 ボクたちは前へ前へと進んでいく。

 ぬるい空気を切りさいて。

 一本の街灯もない真っ暗闇を。

 自転車の前照灯だけを頼りにして。

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