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身勝手ここに極まれり

作者: 白貴由

思いついたのでサラっと。

あぁ、この人となら心穏やかにいられるだろう。




落ち着きのある灰色の髪、闇夜を切り取ったような瞳のマルゲリット・レスタンクールは温かく染み渡る春の日の光のようで、彼女の全てが好ましかった。幸運にも我がファリエール家と同等の侯爵家という事もあり、二人で歩む未来を夢描くのは自然の事だった。けれどその心地良さは次第に当たり前となっていた。



ある日、友人の一人が彼女を、こう表現した。



「普通だな、驚く程」



その呟きは遅効性の毒が如く、耳にこびりつきジワリジワリと私の身を蝕んでいった。加速するように、平穏なマルゲリットは平凡で詰まらないものへと移ろぎ始めた。



老婆のようにくすんだ髪、黒にも見える濃紺の瞳。高くも低くも無い並の身長に、些か細身な身体。どれを取っても平均的。



(見ていられない)



新しい刺激を求めるべく、悪友に誘われるがまま、ひと時の快楽を漁った。薔薇を思わせる赤い髪が靡き、翠玉のような瞳が煌く。蠱惑的な唇が開けば、目の前の誘惑に抗うことは出来ず溺れた。



(男なら誰でも妾の一人や二人ならば居て当然だ。ましてや私は侯爵家の嫡男、バティスト。誰からも、とやかく言われる筋合いは無い)



疚しさを言い訳で正当化する。それでもやはり後ろめたいのか、心がざわざわした。



けれど変わらずマルゲリットは尽くしてくれる。真面に会ったのは久方振り。にも拘らず、優しく此方を見て話し欠けて来る。それが私の心のざらざらした所を逆撫でして不快極まりない。はっきり言って煩わしい。



…そうだ、いい案を思いついた。




それからは態と他の女の痕跡を残した。普段と異なる甘い花の香りを微かに纏う程度だったそれは、耳元に着いた紅や襟から覗く紅い跡といった明らかに度を越したものへと変化していった。



それでもマルゲリットは柔らかな、けれど僅かに悲しそうな微笑みを浮かべるだけ。こんな表情していたのかと少々面食らった。僅かに引っかかりを覚えたものの、きっとこれはマルゲリットなりの愛に違いないと気付く。それ以上に昏い感情が沸き上がる。




(この手で穢してしまいたい)



穢れの無い真っ白なそれを、私自ら黒く染め上げたい。そんな衝動を誤魔化し、苛立つ気持ちを反動にして今日もまた夜へと繰り出した。




「そろそろ唯一の存在とやらが見つかった頃じゃないか?」

「婚約者が居るのに、何故それほど躍起になっているのやら」

「此奴を一緒にするな、まだ俺は婚約者がいないのだからな」



煙草を燻らせながらしていた、取り留めのない会話へ何気なく返事をした。



「面白みのない女じゃなければ…な」



そう口にした私に、すぐさま反論が飛んで来る。



「しかし美しいじゃないか」

「俺はあの笑顔、好みだかな」



その賛辞に堪らなく苛立ちを覚えた。過去に一度も自分に取り入る事など無かったあの女が、どうして他所の男に好意を持たれていると言うのか。お前には私しかいないはずだろう。



見た事も無い心からの笑顔が、何処か知らない奴に向けられている…そんな情景が浮かび、何故か焦りを感じた。目の前の奴等が脳裏に浮かべた下らない妄想を打ち消すように、声が大きくなっていた。



「何時も薄い笑いを浮かべただけで、表情の変化が少ない人形のようだぞ。物好きなものだな」



目の前に居た、あまり見かけない顔の男に吐き捨てれば、羨望の眼差しを向けられた。



「近くに居すぎて麻痺しているのか?…兎に角、お前が羨ましいよ」



心からの呟きを耳にすれば、僅かに気分が上昇した。



「そんな事は無い。これから先、ずっとアレが着いて回ると思うとウンザリする。…そうだ、婚約を破棄してもいい。お前にくれてやる」



優越感から、つい大見栄をはってしまった。口に出すと自信が湧いてくるようで、更に気が大きくなった。



「…そうか、その言葉忘れてくれるなよ」



誰が言ったか分からない掠れた呟きが、あの時の私に届いてさえいれば。




◇ 




自分の発した失言に気付いた時には、何もかもが遅すぎた。



遊びだけの付き合いをしていたはずのふしだらな女が、我が物顔で隣に並んでいる。お前は何故、私の婚約者面しているんだ。こんな娼婦は侯爵家に相応しくない。それ以前に私にはマルゲリットという婚約者がいる、貴様ではない。



また見た事の無い宝石を付けている。貴族としての所作が成っていない為、着飾った所で美しいと思えない。興味があるのは侯爵家の金を使う事だけなのだろう。これだから下位貴族は下品極まりない。子爵家で躾はしてこなかったのか。




あぁ、友人だと思っていた者達に裏切られていたなんて、思いもしなかった。




彼等は私を疎ましく思い、うんざりとした気持ちを抑え、此方が失言するように誘導していた。嘆くだけで優良な立場を生かしもせず、夢見がちな薄っぺらい私が目障りだったと聞いた。



そして気付かぬうちに影という存在に見張られ、逐一報告されていたなんて。



彼女の曽祖母が隣国の王族と関係があると聞いていたが、良く知りもしなかった。何時の間に私との婚約が破棄されたんだ。私の了承も得ていない、影の証言など無効だろう。



婚約破棄から時を待たずして隣国マンディアルグ王国のクロヴィス王太子と婚約しているなんて。あの男、何処かで見た事が…と思ったら…。くそっ、ふざけるな。



騙されただけなんだ。マルゲリット、私を信じて欲しい。



永遠に続くと思っていた平穏に胡坐をかき、マルゲリットよりも自分が優位に立っている、そんな錯覚をしていたのは何時からだったのか。ちゃんと気持ちを伝えていれば、マルゲリットは傍に居てくれただろう。



唯一の救いは、幸せそうなマルゲリットの姿を見なくて済む。彼女はもう隣国に行ってしまったのだから。



よかった、そうでなければ俺は壊れてしまうに違いない。愛していた、君もそうだったろう?



あぁ、時が戻れば私達は幸せになれただろううか。








おわり









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