近道
この春、妹が小学校に入学した。
ぼくは3年生になった。
正直、ぼくは妹のことが好きではない。
2人きょうだいの下の子である妹は両親の愛情を独占している。対して、ぼくはお兄ちゃんだから、と我慢を強いられることが多い。
そのくせ妹は甘えるのが得意ではない。いつも自信なさげにおどおどしていて、人の顔色をうかがうような目をしている。そんな態度も気にくわなかった。
本校の1年生は防犯の観点から同じ町内の子達で集団下校をする。
しかしながら、うちの両親は共働きで日中は家にいない。
1年生は授業時間が短いので、ぼくは妹より帰る時間が遅れる。
よって、家に6歳児1人でいる時間が生まれるのである。
両親は妹に1人で留守番させるのを嫌って、ぼくに妹と一緒に帰るよう言いつけた。
ぼくの授業が終わるまでの間。妹は学校のそばの児童センターで待つことになった。
ちなみに児童センターは帰り道と逆方向にあるのでそこに寄ってから帰るのはちょっと面倒くさい。
入学式の翌日、ぼくは放課後に児童センターに足を向けた。
ぼくの姿をみとめると、職員のお姉さんも事情を了解しているようで、すぐに妹を呼びに行った。
妹は新1年生の目印である黄色い帽子をかぶって奥から出てきた。
ぼくはお姉さんにお礼を言ってセンターを出た。
妹もとことことついてくる。
ぼくは黙って帰り道を歩き始めた。
すると妹が駆け寄って来てぼくのシャツの背中側の裾を摘まんだ。
妹の数少ない甘え癖で、ぼくのシャツをつかまないではいられないのだ。
歩きづらいし、シャツが伸びるのでやめてほしいのだが、妹を泣かせるとあとでこっぴどく叱られるので、あまり強くは言えない。
学校から家まではほぼ一本道で、田んぼに囲まれた道をまっすぐ歩いていけば県道とぶつかる。
地下道を通って向こうに出ることができる。
またまっすぐ行くとうちの町内に入る。
ひとつめのY字路を右に入って、さらにひとつめの角を右に曲がって、まっすぐ行った突き当たりをさらに右に行くと右手に我が家がある。集落の端っこにあたる。
これが学校にルートを提出しているぼくと妹の通学路である。
ぼくの説明で違和感を持つ人もいるかもしれない。右折、右折で学校側に戻って来ているのではないかと。
その通りで我が家の前の道からまっすぐ進むと県道に繋がっていて、県道を通って地下道、地下道から学校という具合で行き帰りができる。
むしろ町内を回らなくてよい分、こちらの方が近いまである。
同じ町内では家が端な分ぼくらが特殊な例なので、他の子達に合わせてぼくらも同じルートを採用しているのである。
さて、地下道を抜けて妹の歩調に合わせてえっちらおっちらとしばらく進むと右手に垂直に農道が通っている。アスファルトで舗装されていて。乗用車でも通れるようになっている。
当然我が家の前を通っている道と繋がる。
ぼくは道を曲がって農道に入った。
妹が戸惑っているふうだったので、「こっちの方が近いんだ。ほら、ここからうちが見えるだろ」と説明した。
ぼくが指差す方向には青みがかった灰色の壁の我が家が見える。よく見るとぼくの部屋のカーテンが開けっぱなしにしてあるのさえわかる。
妹は納得したようで頷いた。
ぼくは朝の登校には正規のルートを使っているが、帰り道にはもっぱらこの農道を使っている。
朝は何かと人目が多く、通学路を外れているのを見られるのが面倒で、田舎のことなので放課後は人影がないからだ。
農道の真ん中辺りで、妹がシャツをつかむ手にぎゅっと力を込めたのを感じた。
「どうした?」
尋ねたが、妹は下を向いて何も言わない。
ぼくはそれ以上何も言わずに進み続けた。
農道を出ると、妹が沈黙を破った。
「川の中で知らない子がおいでおいでしてた」
「は?」
農道の脇には用水路が流れている。まだ語彙の少ない妹からしたら川でしかない。
そこまではいいが、すぐそばを流れている用水路に人がいて気がつかないはずがない。
それに、今時用水路で遊ぶ子供なんて絶滅したし、この辺の子供はみんな顔見知りだ。妹だって近所に知らない子はいない。
妹はそれ以上は何も言わなかった。
ぼくは気味が悪くなって早足で残り間もない家路を急いだ。妹も懸命についてきた。
家に着いてランドセルから鍵を取り出して、解錠するのにえらく手間取った。その間中誰かに見られているような気がしてならなかった。
翌日、放課後にぼくは昨日と同じく妹を児童センターに迎えに行って、連れて帰った。
何の気なしにいつものように農道から帰ろうとしたが妹が「嫌」といって動かないので正規の通学路から帰った。
以降、ぼくらがあの農道を帰ることはなかった。
梅雨が明けたある夏の日、妹が季節外れの風邪をひいた。
その日は母が仕事を休み、妹も休ませた。
放課後いつも通りに児童センターへ行くと、「あれ? 今日は妹ちゃんきてないよ」と言われ、ぼくは顔を赤くしながら逃げるようにその場を去った。
梅雨明け以降、気温はぐんぐん上昇し、この日は真夏日を記録した。
灼熱の太陽に焼かれながらぼくは帰り道を歩いた。
汗がだらだらと流れ出していた。
地下道の空気がひんやりとしていて、外に出るのにいくらかの勇気を要した。
一刻も早く家に帰って冷房の効いたリビングで涼みたかった。
ぼくは何ヵ月かぶりに近道の農道を帰り道に選んだ。
あまりの暑さに目が回っていた。世界が小刻みに揺れているような気がして吐き気を覚えた。
そういえばいつから水を飲んでいないかなと、ぼくは思った。帰る前にたっぷり飲んで来れば良かったと後悔した。
クラスメイトの中にはには水筒を持参している者が大勢いた。
ぼくも明日からは水筒を持っていこうと考えた。忘れずに妹にも持たせなければならない。
ぼくはふと足を止めた。
道の脇には用水路が流れている。
さらさらと勢いよく、透明な水が、ぼくの腰くらいの高さの流量で流れていた。
ああ、いまここで水浴びをしたらどんなに気持ちいいことだろう。
ぼくはそんな思いにとらわれた。
ぼくには用水路の流れが手招きをしてるとさえ思えた。
ぼくは水路の前に膝をついて、そっと手を水に浸してみた。
ひんやりとした水が指先にまでまとわりついた暑気を洗い流してくれるような心地がした。
我慢できなくなってランドセルを下ろして、運動靴と靴下を脱いだ。
ぼくは足から用水路に降りて、ズボンのまま、腰まで浸かった。
天に昇るような気持ちだった。
清涼な水がぼくの下半身を存分に冷やしてくれた。
暑さにやられていた体が生き返った。
肩まで浸かりたい気もしたが、十分堪能したし、遠慮することにして、ぼくは用水路から上がることにした。
縁に右足をかけて、勢いをつけて上がろうとし、左足で水底を蹴ろうとして、ぬるぬるとした苔のようなもので足を滑らせ、ぼくはバランスを崩した。
そこかからのことをぼくはあまり覚えていない。
たぶんパニックに陥ってしまったのだろう。
気がつくとぼくは、農道の脇に立っていた。
家に帰ろうとしたが、何でか足が動かない。
暗くなっても両親が探しに来ることもない。どっぷりと夜が更けてもぼくはお腹もすかないし眠気も感じなかった。
しばらく朝と夜を繰り返すと、この寂しい農道に人がわらわらと集まってきた。
両親や妹もいた。
彼らはお花やお菓子やジュースを置いて、合掌して去っていく。
ぼくはそれを黙って見ているだけだった。
その翌日ぼくがいつものように突っ立って景色を眺めていると、学校帰りらしい、黄色い帽子をかぶった妹がてくてく歩いてきた。
妹はぼくの前で立ち止まり、顔色をうかがうような視線を向けてきた。
ぼくは妹に向かってしっしっ、と追い払うようなしぐさをして見せた。
妹はぷいっと顔を背け走り去っていった。