夏のホラーのテーマを教えるアンビグラム
それは激しい雷雨の夜のこと。
都心のオフィスを出た時にはすっきりと晴れていたというのに。地元の駅を降りたあとに突然雨は降り出し、あっという間にこの大雨だ。夏の日にはよくある天気だろうが、それにしてもツイてない。
傘がないのだ。
まったく。だからこの町が嫌いなんだ。
傘を買うコンビニも無ければ雨宿りできる建物すら無い。やっぱり都会で一人暮らしをしなきゃいけないと改めて思う。
先月の賞与で買ったばかりのレザーのバッグを傘替わりにして、ドシャ降りの雨の中をを走って自宅までの道を急いだ。
こんな高いヒールの靴なんて買うんじゃなかった。田舎者が見栄を張って慣れないことするものじゃない。
ずぶ濡れになりながらやっとの思いで自宅に着くと、靴を脱いで玄関に座り込み、苦しい息を整える。するとその時、バッグの中のスマホが鳴った。
メッセージの受信音だ。
私はスマホを取り出し画面を開くと、それは今日連絡先を交換したばかりの先輩社員だった。今日初めて会話をしたというのに連絡先を交換しようと言ってきた男の人。交換したその日の夜にさっそくメッセージを送ってくるなんて……。
正直うれしくない。
仕事で悪い評判は聞かない人だけど、地味だし話し方がどこかぎこちかった。何より、外見がなんとなく不潔な感じがしたのだ。服が汚れているとか、髪や無精ひげが整っていないなどというわけではないが、どうしてだろう。表情……? 動き……かな?
いずれにしても、プライベートで連絡を取り合いたい男の人ではなかった。
それでも相手は先輩。先輩は先輩だから。それなりの対応をしよう。
私はスマホをタップしてメッセージアプリを開く。
『無事に家に着いて良かったね。凄い雨だったでしょ。』
違和感を感じた。
え? どういうこと? 私はたった今家に着いたばかり……。
どうして分かるの?
私がメッセージを見たのを確認したかのように、タイミングよくまた次のメッセージが来た。
『今日は温かくして早く寝るといいよ。明日もオフィスで会えるのを楽しみにしてるから』
なんとなく気持ち悪さを感じ、背筋が冷たくなった。
先輩とは今日初めて会話をしたし、内容は仕事に関することばかりで、特段それで打ち解けたわけでもないはず。なのにこの馴れ馴れしさには違和感がある。
何より不自然なのは、会って話した時と言葉の使い方が違うことだ。そう、話していた時はもっと卑屈な感じだった。
私は、スマホの画面を閉じようかと思ったが、また次のメッセージがやって来る。
『良い事を教えてあげるよ。これを見て』
良い事……って、
やっぱりキモい。なんなのよ、一方的に。
いよいよ本気でキモいでしょ?
間もなくメッセージの下に画像がロードされる。何を見せるつもり……?
ローディングのバーがすぐに右端まで進み……
何? これ……?
キモい……
何なのこれ……
あっ
「夏のホラー」だわ。
それは私がよく見ている大好きなWeb小説サイトの公式企画のタイトルだ。そういえば、公式企画が始まっていたのを思い出す。
ちょっと待って。
どうして私が好きなWeb小説サイトを知っているのよ? 誰にも話した事なんてないのに。
いったい何なのコイツ。ストーカー?
なんなの?
自分でこんなキモい字書いたわけ? キモい。
意味わかんない。
ザワつく心を抑えられず、私は我を忘れてスマホに文字を打ち込んでいた。
『あんたなんなの? 何が言いたいの? すごいキモいよ』
『警察呼ぶよ? 意味わかんない』
『何したの? 何やってんの? 相当キモいし』
不安で不安で、あふれ出てくる言葉を必死に打ち込んでいた。また送信を押す直前、
返事が来た。
『あは。あはは、分かんないかあ。じゃあ教えちゃうよ?』
私は手を止めた。
『あのね、』
なに?
『これはね~、』
イラっと来た。
『何? てかキモいし!」
キモいをもう一発打ってやろうとしたが、その前に返事が来た。
『えっとね~、さっきの画像をひっくり返して見てみなよ。きっと喜ぶよ』
さっきの画像……、キモい字で「夏のホラー」と書かれた画像。ひっくり返す?
これを?
私はわけも分からず、スマホを回して上下をひっくり返してみると……
あっ
これは……
違う文字になってる! これはきっと……
「帰り道」じゃない!?
『ちょっと、何なのよこれは!?』
『君の好きな夏のホラーの今年のテーマだよ。今年のテーマは「帰り道」』
私は驚いて固まってしまった。
『どう?』
『喜んでくれたかな?』
『今年の夏のホラーは「帰り道」だよ』
えっ、マジ? そうなの?
実はすっごく気になっていたのだ。今年のテーマはいったい何なのだろうって、どんな作品が読めるんだろうと楽しみにしていたのだ。
今私が一番知りたかった事を教えてくれた、この人って……いい人……
『しゅっごぉい(^O^)/ それ、知りたかったの~(;∀;)』
私のテンションは爆上がりしてスマホを打つ手が躍る。
『ワイめっちゃ気になってたやつー(;∀;)まぁじ嬉ちんですけどお(;∀;)』
『ね、楽しみだよね』
『ありがちょー☆ くっそ気ぃ効くやんセンパァァイ♡♡♡」
『でへぇえ。喜ぶと思ったんだあ』
『好きいいいいいいいい!!!』
『僕も』
こうして私と先輩は、「夏のホラー」がきっかけで付き合うようになりました。
彼はどんな時でも私のことを思ってくれる素敵な人でした。私のことなら何でも知ってて何でも先回りして分かってしまうくらいに、私が全ての人。テレパシー? って思うこともしょっちゅう。友人に自慢すると大抵みんな、それってヤバくなーい? って言うけど、私は気にしません。
何よりも、私の趣味を分かってくれる人だから。一緒に居て楽しいんです。
きっとこれから、夏が来るたびにこの日の事を思い出すでしょう。
思い出の公式企画。
「夏のホラー2023」のテーマは「帰り道」
とっても素晴らしい企画だと思います!
(おしまい)
~あとがき~
ありがとうございました。作者です。
本作はアンビグラムを使って小説にするという初めての試みで作りました。
作中に出てきた、正面でも読めるし回転しても言葉が読める画像の事です。こういう描画的でデザイン的な文字は、一般にアンビグラムと呼ばれています。
これを見て欲しくて書いていますので(笑)、終盤の展開は…まあ…ああいう感じになりますよね(笑)
私はこのアンビグラムというものをこれまでにもいくつか作っております。非常に面白いジャンルだと思いますし、なろうは言葉とイラストを扱うサイトなので相性は良いのではないかとも思っています。
ぜひアンビグラムを覚えて帰っていってください。
最後に、公式さんへ。素晴らしい企画に感謝いたします。