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その日、神様が目の前に現れた。

作者: 辻島慎一

 ある日、雲ひとつない真っ青な空から、神様が現れた。

 その時ばかりは皆手を止めて、空を見上げた。あれだけ歩きスマホやワーカーホリックが社会問題となっていたのに、その時は、その時ばかりは皆一様に、空を見上げた。


 海よりも深い、青い青い空に現れた神様は真っ白な服を着ていて、皆がイメージしうる「神様」といった姿をしていた。

 神様のまわりには天使と思うる生き物が飛び回り、時々キィキィとした鳴き声を上げていた。


「コン」

 自分の生きている現実に、何かがぶつかったような音が響いた。神様が左手に持っている古ぼけた杖が打ち落されるたび、何度も何度も鳴り響いた。


「コン、コン、コン」

 世界に響く杖の音。それまで生きていた世界がどれだけ雑音にあふれ、騒がしく、静けさを失っていたか、この時初めて知った。


「な、なにあれ……」

 やっと、声が出せるようになる。周りが一気にざわついて、いろいろな声が響く。OLの叫び声、高校生のつぶやき声、ニュースからの声。

 でもなぜか、あれだけ聞こえていたのに、その中に赤子の泣き声はなかった。


「コン、コン、コン」

 テンポは落ちず、宙から降り注ぐ音。頭では理解しきれない現実に、体が勝手に夢だと決めつける。


「神様は……神様はいたんだ…………」

 道端で、スーツを着込んだ女が座り込み涙をあげた。その泣き顔はどこか救われたように見え、白昼夢に浮かぶ自分の体も同じく涙をこぼしそうになった。

 神は、いたのだ。神はそこに、いたのだ。あれだけこの世を謳い、恨みの対象とした架空の存在、神様は、そこにいらっしゃった。

 女と同じく自分も道端に座り込む。するとみんなはぞろぞろと、その場に座り込み始めた。


「神様ぁ!神様ぁ!」

 どこからともなく救いを求める声が聞こえてくる。空を自由に飛んでいる小さな鳥類だけが、神の存在を謳っていなかった。


「ガゴン!」

 いきなり、とてつもない轟音が空から降り注いだ。それまで湧いていた声がもう一度止まり、空に視線が集まる。

「プパー」

 同時に、安っぽいトランペットの音が聞こえてきた。天使のような生物が、神様の周りで音を奏でていた。


 神様は杖を下ろし、こちらに視線を向けると、静かに微笑んだような気がした。

 なぜだか、無意識に涙がこぼれてくる。

 新たに始まった第三次世界大戦。苦しい生活は日常と化し、誰もが世の不安を叫んでいた。

 そんな中に現れた、この世を司る神様。こちらを向き、この世の全員に屈託のないほほえみを向ける。

 それはまさに、この世の父の微笑みだった。


「ああ……、神様……。助けてください。この世から、私を救ってください」

 先ほどの女が、垂れ流すように言葉を吐いた。それは心からの叫びなのか、無意識な願望なのか。

「神様ぁ!救ってくれぇ!」

 それを皮切りに、もう一度声が上がり始める。

 それまで神様なんて都合のいいときしか信じてこなかったような人々が、自分の願望を、叫びを、神に伝え始める。

 それはまるで、蜘蛛の糸を前にして救いを求める地獄の使者のような、そんな光景だった。


 神様は声を聞くと両手を広げ、「こちらにこい」と言わんばかりの姿勢を向けた。

 人々はわらわらと涙を流しながら、神に向かって立ち上がり始める。

「神よ!」

 限界な人々に救いを与えるその姿。まさに正真正銘、神様の姿だった。


 右手を伸ばし、われらが父をつかもうと、人々は死に物狂いで動き始める。

 その時だった。

 神様の後ろから、黒い鳥のようなものが飛んできた。

 それはいくつもいくつも隊列を組み、こちらに向かってきているようだった。

「なんだあれ……」

 それまで神様の登場に夢中だった人々もその異常性に気が付き、目を細める。

 だんだん近づいてくる黒い鳥から、なにか小さな物が地上に降り注いだ。

 その刹那、遠くから火の手が上がり、どこからか叫び声が聞こえた。

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