第37話
「宿代は自動で引き落とされるシステムになっているから気をつけろよ?詳しく知りたい場合は店員に聞くのもあり。」
俺がシステムについて軽く触れるとサイは頷いてから
「それじゃ予約入れて来る。」
簡潔に返事をして中へ入っていった。
俺は女性メインの宿前にずっと待っているのも居心地が悪いと思い、その場から少し離れて待つことにした。
それにしても…メンターシステムの実装で第2陣、第3陣となるにつれ初期の持ち物が変化していくのかねぇ…コミュニケーションが必要なMMOって考えると先達に教わるっていうのは普通なのかもしれんがソロが厳しくなりそうだ。
よりリアルに近づける方向性ならばそのうち空腹とか発汗も実装されるとか?風呂と着替え必須だな…そうなると被服の生産スキルを覚えるか安い服屋を探すか魔道具で洗濯や体の汚れが取れるものを探すなどした方がいいだろう。魔道具は俺の性質的に作れた方がいいからハルに弟子入り出来る場所に宛を聞くのもありか?
そんなことを考えていると宿からサイが出てきたので合流した。
「あと知っておいた方がいいのは装備売っている所と道具屋あたりか?その近くにサイに渡した服が売っていた店もあるから気に入らなかったら買って良いぞ。」
「生産職を目指す予定だけど防具はあったほうがやっぱり良い?ゲームだしそこまで服いらない気がするから道具屋を見てみたい。」
ん-…確定ではない情報を言って無駄にさせたら悪い気がするが…石橋を叩いて渡るんだったら教えたほうが良いか。
「俺の見解だが…第一陣より初期アイテムが劣化しているんだよ第2陣って。メンターシステムがあるから支援を受けろって意味なんだと思うがな。サイのように自前の毛皮があるから初期の服がなかったということから、よりリアルさを追求していく可能性がある。」
俺が話しているのをふんふんと頷きながら聞いてくれている。
「つまり、いまは潜在的な要素である食事や宿で休息をとることも表面化すると思われる。生理的現象ってことは将来的に発汗や汚れ、匂いなども追加されるんじゃないだろうか?
このゲームのNPCは生活リズムもきちんとあり、生活感に溢れているから普通に人と同じように接する必要もあるし、俺達がそれに寄り添っていくとしたらリアルでの生活と変わらない過ごし方になるんじゃないか?」
一気にしゃべってしまったがサイは否定することなく頷き、今のゲームの方向性を教えてくれた。
「今主流になっているゲームは完全なフィクションとリアルさを追求しためんどうなシステムだけど現実での知識にもなるもの。かみ転はそれでいうならリアルさを極限まで求めている。
チュートリアルでも受付の人は自然の話し方だったし、AIの不自然な挙動も全く見られなくて生きているって感じられた。だからナオヤ君の考えもすんなりと入ってきた。」
やっぱ体感してみないと共感は得られないよな。
「というわけで習慣づけるために替えの下着や服を準備しないとってことだ。あの服屋、そこまで高いものじゃなかったから数着買っていいぞ。」
「なんか貰ってばかりで申し訳ない…」
「いや、始めたばかりなんだから気にするもんじゃないだろ?メンターとして正しい行動だろうし、ゲームに慣れてきたらそのうち返してもらうさ。」
俺達は服屋へ足を運んだ。店に着くとやはり女性だからなのかこちらのことはお構いなしに物色している。この店は平気だが完全に女性物ばかり売られている中で男としては居たくないな…気に入ったのが見つかったのかサイは選んだ服やインナーをこちらに持ってきたのだが、インナーは服で隠せ!見せつけないでよろしい!
次に向かう店は道具屋に決めていた。簡易生産道具を買う必要があるからな。
「簡易的なものでスキルを上げていったほうがいいよね?」
「被服ならともかく鍛冶や薬師だと独学じゃ厳しいんじゃないか?弟子入りが必要なイメージがある。その場合、本を読んでから学ぶのもありだと思う。サイがどの生産をメインで行うかにもよるがな。」
「…ナオヤ君の手伝いしながら生産出来たらいいかな?そうなると弟子入り項目は1つのが良いよね、被服はリアルでも衣装作るのにやっているから素材次第では大丈夫だと思う。」
「鍛冶って学ぶのにすっごく時間かかりそうだよな…リアルさ優先なら素人が手を出しにくいから現実的に考えるなら薬師か?レシピ通りに作れればってイメージがあるからなんだが…ちなみにこのゲーム、NPC…いっそ住人と呼ぶか。ちゃんと成長してくれるから素材を渡していけばいい物作ってくれると思うぞ。」
「育成システムもあるんだ…それも聞いてない。ナオヤ君、知らない事ばかり知っててすごい。」
いや…俺が知っている事はたかが知れているぞ?ギルドでもらった冊子にフレカの事が書かれているしそこに載っているしな。
「ま、だから全部自分でやらなくて大丈夫ってこと。苦手な分野は結局スキルとしても育ちにくいから。」
サイが選んだのは薬師用の生産道具であった。現代人にとってスキルである程度簡略化されるからといって鍛冶は難しいものがあるよな。薬師なら高校の理科の実験からとっつきやすいのもあるし。
「あとは装備か…一応攻撃手段を1つは持っておいた方が街の外に出るとき安全なのと、女性プレイヤーにすり寄ってくる男性プレイヤーもいるからフード付きのローブがあったほうが良いな。」
「わかった。武器はなんでも大丈夫?魔狼だから爪でも平気そうだけど。」
「そうなると接近戦を強いられるから生産に片寄ってると厳しいんじゃないか?」
俺は心配して思ったことを言ってみたんだからサイは首を振って否定した。
「プレイスタイルには回避盾というものがある。それに、せっかくリアルな世界なんだから部屋に籠って生産しているだけより見て回りたい。」
なるほど…俺となんとなく似ているのか。本人もやる気があるみたいだし俺がとやかく言うのは良くないな。
「それならここで作業着…とまではいかないが汚れても平気なものを選ぶといいぞ。色んな作業に耐えるためかかなり丈夫なんだ。武器は保留でいいだろう。」
「耐久性が高いのは助かる。いくら良い物でもメンテナンスが大変なものは使い辛い。」
こうして俺達は道具屋で必要な物を買い揃え、休憩がてらに噴水広場に歩を向けた。
「とりあえずこれで最低限の準備は出来たな。」
「ありがと、すごく参考になった。そういえばスキルを覚えるコツはある?それと弟子入りさせてくれそうな薬師に心当たりとか?」
「んー…普段している行動をすると取れるのが伸びやすいと思うぞ?サイで言うなら裁縫とか。あとはきちんと寝たり食事をしてバフを付けて、狙って行動する?」
「それだったら宿に戻ったときに裁縫してみる。回避盾するのに時間が会った時に走ったりしておく。」
「それがいいな。専門書は本屋で買うとなると高額なんだよな…ただ、読むとすっごく為にはなる。
あとは薬師か…俺は薬草を採取して納品しかしてないから使われる先をギルドで聞けばいいのか?もしくは詳しそうなやつに「呼んだ??」っうわ!?」
俺は座っていたベンチから飛び跳ね、声の下方向を向くとそこにはハルがいた。
「いきなり現れるなよ、ビックリしたぞ…外で会うなんて珍しいな。」
「ナオヤに呼ばれた気がしたからね!あれ?そっちの子は初めましてだね、僕はオジュハル、オージュかハルって呼んでね!」
「ハル、もうちょい落ち着けよ。こっちの子は今日からこの国にきたサイ。俺が招待したからメンターとして今日は色々と教えていたんだ。」
「よ、よろしく…です。えっと…ハル、さん?」
「うん、よろしくね!そういやこの街の名前が投票で決まったんだよ!掲示板に張り出しているけど名前はアージュになったんだ!隣の拠点はフラムね!」
「ハルっぽい名前だな、いいんじゃないか?あ、聞きたいことがあるんだが大丈夫か?サイは薬師希望だからどこか弟子入り出来そうな所って心当たりないか?」
俺が聞くとハルは少し考えてから答えてくれた。
「一応僕がよく頼むお店なら大丈夫だと思うけど…」
「ハルさん、何か問題があるの?」
「一応薬師って専門職だから免許制なんだよね、学び舎で基本を覚えてから弟子入りして実技という流れが一般的なんだ。だからサイちゃんが良ければ学び舎の紹介状は用意するよ?」
ハルってそんなところにも顔が利くのか、凄いな…確かにコミュニケーション能力が高いから街中でも人気そうだ。
「4,6時中こちらの世界に入れないけど大丈夫?それとナオヤ君の採取について行ってみたい。」
「学び舎は午前中だけだから午後は自由時間だよ!ふーん、ナオヤについて行くねぇ…ねね、サイちゃんってもしかして…」
ハルはサイになにか耳打ちしているが俺には聞こえない。というか、サイの耳は人用と犬用の両方あるんだがどっちも機能しているのだろうか…サイは驚いたり顔が赤くなったりしているが、今度は逆にハルに耳打ちをすると同じようにハルも顔が紅潮した。
とりあえず、この疎外感を何とかしてほしい…ま、意気投合しているようでなによりだ。