赤いトーロレ
お待たせしました。少しバタついていて遅くなりました。
濃緑色のダブルのセットアップスーツを着た、シルバーの丸渕眼鏡をかけた青年が石畳を歩いていた。
茶色い先の尖った革靴を履いたそのコバルトブルーの瞳の金髪の男性は、左手に茶色いトランクケースを持っている。
その手には黒いこれまた革の手袋をはめており、紳士然としたその態度は街ゆく若い女性がすれ違いざまに振り替えるほど。
黄色い声援までは出ないもののその頬は桃色に染まっており、声をかけたい衝動を抑えてるのが一目瞭然だった。
ただしその渦中の人物は気にも留めていない。
あらゆる熱い視線に気づきながら眼中にないというその態度は、逆に女性からは誠実に映りより視線に熱量が籠った。
「ねえ、あの男の人すごいかっこよくない!?」
「めっちゃかっこいい!あんなかっこよかったら有名なんじゃないっ!?!?」
「えっ!?逆に知らないのっ!?!?
あの人凄腕のお医者さんだよ!?どんな病気やケガも治すんだって超有名よっ!」
「お医者さんっ!?あの人あんなかっこいいのに頭もいいのっ!?
そんなん……………………あたしなんか見向きもされないって………………」
「当り前じゃない………………あんたなんかが無理に決まってるじゃない……………」
「そうそう、あんたみたいな擦れたやつあんな紳士様に似合わないわよ。
やっぱりアタシみたいな生娘が好きなのよ!」
「はっ!生娘ぇ?あんたのどこが清いのよ?こんなアバズレ見たことないわっ!」
「あぁ?てめぇ喧嘩売ってんのかこのブス」
「お前が言ってきたんだろこのカス。あとブスじゃねぇ」
「もう二人とも!外だしまだあの人近くにいるよ?」
「「!?!?!?!?」」
そんな元気溌溂な三人衆をものともせずに、泰然自若とした佇まいで悠然と石畳を闊歩するその姿はさらに周りからの評価を自然と上げる。
視線の熱量はより温度を上げ、我慢していた声援は吐息となり、ピンクに染め上げていた頬はより赤みを帯びた。
それでも何の興味も抱かないその男性は、悠々自適に石畳の上を軽快に歩いていく。
何事にも動じず一定の歩調を刻んでいたその足取りはやがて、一軒の民家の前で足を止めた。
白を基調として屋根は朱色、ところどころに建材である木材が茶色のコントラストが映えるごく普通の一般的な民家。その木製のドアのドアノッカーを中まで響くよう軽快にならす。
「はぁーい」
音を聞きつけたのだろう、中から女性の応答が微かに聞こえ、男性は内開きのドアから少し離れる。こうすれば相手がすぐにこちらの顔を見ることが出来るからだ。
少し待っているとガシャッと金属製のドアノブが回りドアが開く。
「あらっ!先生っ!よく来てくださいました、お待ちしておりましたよ」
出てきたのは男性と同じ年の頃に見える、ブロンドの髪を持った端正な顔立ちの女性。赤いロングスカートに白いワイシャツをタックインしており、バレエシューズのようにも見える革製の赤い靴を履いている。
このバレエシューズのような革製の靴は、一般市民が良く履いているトーロレと呼ばれる現代で言うところのスニーカーのようなものである。
履きやすくて歩きやすい、値段もお手頃。民衆の味方、トーロレだ。
そんなことはさておき、男性を見た女性はとても嬉しそうに笑い、開いたドアの内側に男性を招こうとドアを抑えながら端に寄った。
その笑顔から垣間見えるのは恋慕とは違う、どちらかというと信頼という名の笑み。この男に心を許しているのが一目でわかるようだった。
「さぁさぁ、どうぞ中へ。今コフィーニュでも入れますから」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
そう言いながらドアを抑えてくれている女性のわきを通り、ダブルスーツを着た銀縁眼鏡をかけた男性は民家へと入っていった———————————。
コフィーニュは現代で言うところのコーヒーのことです。