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その白鳥、旋律を奏でる

大変遅れました

その時母が帰ってきた。

すごく楽しんでいたのに、何で今…。


「か――えってきたわよぉ。

何か言うことないのぉぉ?飯食わせてやってる働いてきた母親に対してえぇ」


ああ、せっかく久々の血の匂いを鼻腔だけでなく脳から感じていたのに。


「ああん?なにその目、本当腹立つ。

あの親父そっくり、人間の肥溜めみたいな目ぇ」


僕の紳士的なきれいなコバルトブルーの瞳になに言ってくるんだこの肉塊。

父親がどんな奴かは知らないけど、この母親を見てる限りろくでもないのは僕でもわかる。

はああぁ、学がないのはこれだから嫌なんだ。


「おいっ、なんだよその顔っ!

誰に対してそんな顔してんだよ!!」


お前だよお前。

見て分かんないのかよこのアバズレ。


「調子乗んなよこのガキがっ!」


そういって足の形の影が近づいてくる。

顔に向かって、徐々に徐々に。

走馬灯のように近づいてくるそれは、記憶にあるよりも遅く、迫力に途方もなく欠ける紛い物だと感じた。


「ふっざけんなななんあああああああぁぁあ」


そう言って差し出してくれた足に対して僕は手に持っていた木片を差し出す。

そう、さっきまでネズミを突き刺していた、その先の尖った木片を。






「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」





ブシュッという漫画のような音ではなく、グジュッというリアルの音源。

足の先に刺さった、ネズミの血が付着した細菌が繁殖したその木片はしかし、人体の脆く進化した皮膚などたやすく突破するほどには尖っていた。


吹き出すのは赤い鮮血、粘度はネズミのそれよりも低くフレッシュさを保ちながら飛び出す。

鼻の奥をくすぐる潤沢な鉄分の匂い、血管を破ったことによる圧力で飛び出す耳心地のいい音階。

どんな豪華なフレンチよりも、どんな豪勢な音楽会よりも迫力があり、記憶の奥の奥に響く光景。



(あぁ、やっぱりこれだ。いつでも僕の魂を震わす)



「いだあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁい”」



(どんなコーラスよりも、素敵だ)



その幼子はジャズステージの指揮者のように指を艶やかに動かす。

なんなら鼻歌を歌いながら————————————————————————。



「あ”あ”ぁんたぁ”ねええぇぇぇ!!!」



目は充血し、落ちくぼみ影を落とした落ち武者のような形相を幼子に向ける女性。

ギョロッという擬音が似合うその勢いのいい振り向きは、鬼気迫っている借金取りに追われている町工場の工場長のような迫力があった。



「なにしたっ!!今、母親に対して何をしたっっ!!!

殴るなんてもんじゃねぇ!母親の!足に!変なもの突き刺したろっ!!!」



地団太を踏む勢いで小さな子供に怒声を浴びせるが、あいにくさま足の裏をケガしていて地団太を踏めず片足を上げたまま怒鳴り散らす。

その様相はまるで、ロシアの芸術的なステージを披露するバレリーナのようだった。

美しい、それはもう美しい湖に佇む白鳥のように。


その白鳥は片足で徐々に子供に迫る。

少しずつ、そう、少しずつ。



「てめぇ、もうあったまきたッ!絶対殺すっ!何がなんでも殺してやるっっ!!」



そう吠えるがしかし————————————————————————



「お……………………おまえ、何笑ってやがる————————————————————————」



そう言われたその小さな人影は自分の顔を、その指揮棒のような小さくて細い、しかし柔らかいそれで撫でる。

そうするとわかる、自分の表情筋の動き。

言われた通り確かに微笑みを浮かべている、硬直がある。



「ああ、ごめん母さん……………………。

殺してやるってその言葉がさ———————————————————————————————————————————————

























あんまりにもチープで。

僕が教えてあげるよ、本当の殺しってものを」


また遅くなるなぁ

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