大きな狂気と小さな体
ガンバッテルヨ
薄暗い路地裏にあるあばら家の中には人影があった。
陽の光が入らない路地裏よりもさらに暗いその室内には、壊れた一脚の木製の椅子とかび臭いにおいのする木製の机、そして無事な一脚の木製の椅子しかない。
しかしその人影は椅子には座っていない。路地裏と同じ素材の、土がむき出しの床に体育座りをしていた。
それも隅のほうで。
外からはかなり遠い場所であることが伺えるような喧噪がかすかに聞こえてくるものの、今この場所は暗い陰が支配している。
隅で固まっている例の人影はピクリとも動かず、家屋内を支配している陰と同化しているように何も喋らない。
「うひっ!くくくくくく……」
しかしその静寂を突き破るように突然クツクツと笑い出した。
その人物は髪が肩ほどまで伸びてぼさぼさであり、来ている服は襤褸切れで露出している肌には痛々しい青黒い痣が目立っていた。
まだ明らかに就学前だと思われるその小さな小さな人影はしかし、なぜだか人生に絶望した中年男性のような狂気が見え隠れしている。
それはただ身動きをしていないわけではなく、よくよく注目すると膝の裏に隠れた手のみもぞもぞと動かしているのが見えた。
その手には先の尖った木片。どうやら壊れた椅子の足のようだ。
ただしその椅子の足の先は、ほんのわずかに隙間から入る採光によって鈍く光っている。しかしそれは木片自体が光を反射しているわけではなく、どうやら何かが付着しているようだった。
「ぐっちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ」
その小さな幼児は小言を唱えながら手を細目に動かすが、相変わらず手と口以外動いていない。
手元を注視してみると、どうやら何かの塊がある。そこからは何かしらの液体が漏れ出しており、どうやら木片が光を反射している正体はこの液体が付着しているからだと推察できる。
その液体は陰と同化するほど黒く、粘度がある程度あるようで木片をその塊から離す際には若干の糸を引いているように見えた。
「フフッ、やっぱり血はいいなあ。この鉄分を含んだ新鮮な匂い、たまんないねえ。
コレが僕にも流れていると思うと興奮しちゃうなぁぁ」
その語りは明らかに幼児の喋る内容ではなく、その流暢さもまた同じであったが瞳の混沌とした鈍い輝きはとても合致しているようにも見える。
「ああ、生まれ変わってよかった。これで僕はまた——————————————————
人を殺せる」
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