本編外:失敗作
エピローグ後のお話です。
「愕然」
そろそろだと思ってオーブンを開き、私は絶望した。何故なら。そこから出てきたのは私の予定とは違ったものだったからだ。
「く、くうううう! 悔しい!」
「どうした」
机に両手を突いて嘆き悔しがる私のところに先生がやってきた。私は力なくテーブルに並ぶものを示す。そこには香りだけは立派な、ぺしゃんこのシュー皮たち。そう、しくじったのだ。本来ならもっとぷっくりしていなくてはならないのに。
作るからには理想のシュークリームが作りたかった。中にクリームを詰めるためにあれを半分に切る予定だが、上下がかなり薄っぺらくなってしまう。シューではなく貝殻に近い形になってしまう。
「悔しい……!」
「珍しいな」
「ここしばらくは失敗したことなかったのです」
「そうではなく。君がそこまで悔しがるのは」
「……」
先生の前に出さないだけで、ひとりで結構騒いでいることはある。今回はあまりに悔しかったのでついうっかり全力で表現してしまった。指摘されると途端に恥ずかしくなり、私は小さい声で「失礼しました」と告げた。
「高さが出なくて、これでは恰好が」
「ふむ」
先生はひとつ頷き、トコトコとキッチンへ向かった。どうしたのだろう。
「先日コルテスがブルーベリーを持ってきたろう」
「あ、はい。まだあります」
「詰めたらどうだ」
「!」
「高さなど、詰め物でどうにでもなる」
だから気に病むことはない、と紫色の目が言っている。
(せ、先生~~!)
私はその提案をありがたく採用し、固めにクリームを立て、これでもかとブルーベリーを可能な限り詰め込むことにした。
「できました!」
最後の一粒をぐいと押し込むと、私は隣で紅茶を蒸らしている先生を振り仰いだ。先生は「いい出来だ」と言ってシュークリームを眺める。もうすっかり失敗して落ち込んでいた気持ちは消え去っていた。
「さて」
「はい」
先生とテーブルに着き、お茶の時間の始まりだ。あたたかな紅茶のいい香りとシュークリームのバターの香ばしい匂いが私を包む。では、とシュークリームに手を伸ばし――。
「こんにちはー!!」
玄関から元気な声が聞こえてきた。私と先生は顔を見合わせる。この声は。
「……出てきます」
席を立って玄関に向かえばそこには案の定イーダさんが立っていた。本日も突然の来訪。当たり前の顔で「遊びにきたよ」とのこと。こちらももう慣れっこなので「どうぞ」と言って上がってもらう。
イーダさんは鋭い嗅覚で「は! お茶だ!」と察知し、リビングに急いだ。
「こんにちはフィリス師。わああ美味しそう!」
キラキラした顔と声で、イーダさんはテーブルの上のシュークリームを見つめている。
「丁度今から食べるところでした。どうぞ」
「ありがとう! いいときに来たなあ!」
イーダさんのティーカップも用意し、紅茶を注ぐ。先生はまだシュークリームには手を付けずに紅茶を飲んでいた。待ってくれているらしい。
改めて、三人でテーブルに着き、お茶の仕切り直しである。
「では。いただきます!」
「いただきまーす」
「……」
それぞれシュークリームを手にし、口に運ぶ。サクッとしたシュー生地からは濃厚なバターの風味、そして甘さ控えめにした分厚いクリーム、中からは瑞々しくて甘酸っぱいブルーベリーが出てきた。
(~~~~! 美味しい!)
もぐもぐと咀嚼しながら、美味しさに目を見開く。
「うわあ! 凄い! 凄く美味しいよルシルちゃん!」
イーダさんが感激した様子で目を輝かせ、シュークリームを頬張る。あっという間にひとつぺろりと平らげてしまった。まだ食べたそうな様子だ。
「もうひとつどうぞ」
「やったー! ありがとう!」
どうやら相当お気に召したらしい。イーダさんが絶賛しながら食べている。
(実はシュー皮を失敗しているなんて気づいてないですね)
あまりにいい食べっぷりなので、しくじったことは黙っておくことにした。思わず頬を緩めて先生を見れば、紫色の目と合う。
言葉は交わさなかったけれど、同じことを思ったのが分かった。
「ふふ」
つい零してしまった笑みに気が付き、イーダさんが不思議そうにしていた。
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