本編外:落し物
エピローグ後のお話です。
家の周りの森で野イチゴが群生しているところを見つけた。山菜はないかなと歩き回っているところだった。赤くて小さな実が宝石のようにそこら中で光っている。私は一人で「やった!」と声に出して喜んだ。
ぷち、と一粒採り、エプロンで軽くぬぐって口に放り込む。
「む、酸っぱい!」
酸味で両頬がきゅっとなった。この甘酸っぱさ、そしてこのつぶつぶした感じ、これこそ野イチゴである。
「ジャムだ。ジャムにしよう」
酸っぱくても諦めない。何としても美味しく食べたい。私はそんな強い意志を胸に、大量の野イチゴを収穫した。結構な量を頂戴したけれど、私ひとりが収穫したところで大した影響はなく、そこにはまだ夥しい数の実が生っていた。人間はこれで失礼して、あとは森の動物たちの分だ。
籠は既に大方山菜で埋まっていたので、実が潰れない程度の量を入れ、残りはエプロンの前を返したところへ放り込んだ。
「あ、パイでもいいかも」
お宝をどうしようか。考えるだけで楽しい。私は上機嫌で森を抜け、足取り軽く家に戻った。
家に着くと、早々に収穫物を整理した。イチゴはボウルに入れてキッチンの台の上に。その他の戦利品で日持ちのしそうなものは一旦食糧庫に仕舞う。
キッチンの床の扉を開けて地下に降りていく。仕舞うべきものを仕舞い、ついでに本日の食事のために必要なものを選別していると、頭上の出入り口に人影が落ちた。しかし影は食糧庫を覗くことはなく、一言発しただけだった。
「……君か」
「え?」
影と声の主は予想通り先生であるのだが、何故か先生側は私でない可能性もあったかのような言い方だった。家には二人しかいないのに、どうしてそんなことを思ったのだろうか。
(ど、泥棒と思われた……?)
普段と変わったことをしていたつもりはない。何か不審なことが家にあったのだろうか。それはそれで私も怖い。
「今参ります」
慌てて食糧庫から這い上がる。先生は食糧庫の口の傍でちょこんとしゃがみ、私を待ち受けた。私も床にぺたりと座って視線を同じくする。
「私しかおりませんが、そうでないかもしれないと思われることがありましたか?」
「いや。食糧庫に居るのは君だと思ったが」
「?」
先生の言っている意味が分からず、私は首を傾げた。すると先生は「あれ」と言って指をさす。何だろう。ますます不思議に思って指の先に視線を向けると、私は「あ」と口にした。
床に落ちていたのは、私が持ち帰った野イチゴ。しかもひとつではない。点々と転がっている。四つん這いで数歩移動し、キッチンから出ると、野イチゴの落し物はリビングにもあった。とすると。
「玄関から続いている」
「……」
私は無言でエプロンを確かめた。そこには確かに小さな穴が開いていた。穴を通過できるサイズのイチゴがそこからぽろぽろと零れ落ちていたらしい。成程、これは妙なことだ。
過去に動物たちが木の実を持ってきてくれた事例もある。食糧庫でごそごそやっているのは私かもしれないけれど、野イチゴの運搬はもしかしたら違う子だったのかもしれないと疑ったのだろう。
「全然気がつきませんでした」
「そのようだな」
先生は手近に落ちていたイチゴを拾って口にぽいと入れた。
「酸っぱいですよ」
「……」
先生が僅かに口元を結ぶ。酸っぱかったのだろう。
「ジャムか、パイにしようかと」
「それがいい」
先生はそう言って立ち上がる。私も倣って腰を上げた。
「ご希望はありますか」
「いや」
「うーん」
「悩んでいるといい。私は君の形跡を拾ってこよう」
「ああやりますやります!」
追いかけようとしたところへ、先生が半身を返して私の方へ手を伸ばす。
「辿れば迷うこともない。一人で十分」
「……!」
軽く笑って私の頭をひと撫でし、先生は玄関に向かった。からかわれた。野イチゴを落としていたのはわざとではないのに。
「迷子対策ではありません!」
私の声を聞いても、先生は振り返ることはなかった。
(ぐ、ぐうう……!)
どことなく、背中から楽しそうな気配を醸して。
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