本編外:秋の味覚狩り
ルシルが猫から戻った後~イーダが来訪の間の出来事。
☆書籍化御礼小話
朝起きて、窓から今日の天気を確認した。雲一つない。一日晴天だろう。
「よおおし!」
両手をグッと握り、伸びをすると共に上へ突き上げた。何を隠そう、今日は。
(秋の味覚狩り!!)
「昼までには戻ります」
朝食後、先生にそう告げると、先生は「ほう」と頷いた。
「長い袖と丈の服装で行くように」
先生はそれだけ言うと、さっさと私の用意した特濃ミルクティーを携えて階段を上がって行った。何だか、昔同じようなことを母に言われたような気がして、思わず顔が緩んだ。
さて、私も朝食をしっかり摂ったら出発だ。
装備一式を玄関へ並べる。背負うことのできる大きな籠。厚手の軍手。困ったときのキノコ辞典。水筒。帽子。薄手のタオル。獣除けのベル。準備は万全だ。
いざ出陣!と気合十分に立ち上がり、私は意気揚々と庭を突き抜け、周りを囲む森へと進軍した。
「…頼もしいことだ」
バルコニーから、森に消える背を見守る影が呟いた。
(ははーん)
森に入ってすぐ。私は直感的に勝利を確信した。
(勝った。これはもう勝った)
ゴロゴロと転がる栗の実。ふと目線を移せば生えているキノコ。森の入り口でこのような状態ならば、もっと奥へ行けば秋の味覚大放出間違いない。
高笑いしたいところをグッとこらえ、その辺に落ちていた栗を拾い、背中の籠へと放り込んだ。前途は明るい。たくさん取れたら何を作ろう。焼き栗、栗のシチュー、モンブラン。ああ、笑いが止まらない。
(待っていてください先生!!)
私は猛然と更に森の奥へ突き進んだ。
ルシルが出かけて二時間程経ち。
コンコン、とフィリスの部屋のバルコニーに面した戸を何かが叩いた。フィリスは椅子から腰をあげ、来客に応じるべく、バルコニーへと足を向けた。そこには、小さなリスが数匹、ただならぬ気配を発してフィリスを見上げていた。
「どうした」
『先生!お宅の娘っ子が!』
フィリスは一瞬ピタリと動きを止め、「ルシルがどうした」と声をワントーン落とした。ルシルに何かあったのでは、と嫌な予感が走る。神妙な顔で屈み込んだフィリスの影がリスたちを覆う。
リスたちは興奮しながらキイキイと小さな前足をばたつかせた。
『栗を乱獲しています!よりによって栗を!!』
『何ですかありゃあ!瞬時に中身の詰まった栗を見抜いては拾って行く!プロか!』
『勘弁してください!うちにはまだ体の小さい妹が!』
「…………」
必死なリスたちの悲痛な訴えにフィリスは押し黙る。ルシルがご機嫌で栗を拾う姿が目に浮かんだ。彼女一人が大量に収穫したところで、広大な森の、豊な恵みへの支障は僅かだと考えたが、彼女が勇ましく背負って行った籠の大きさを思い返すと、リスたちに戦慄が走ったのは分からないでもなかった。
彼女が採ってきたものが並ぶ食卓はフィリスにとって望むところであるが、リスたちの形相を見ては如何とも言いかねた。
『何とかしてください!』
リスたちは声を揃えて叫ぶ。フィリスは森の奥のルシルを思った。自らが森に入り、彼女を追いかけて止めるべきか。
いや。そんなことをする必要は無い。
フィリスは目を潤ませたリスたちへと、ある種無情とも言える冷静な視線を向ける。
「話せば分かる」
『!!!!!』
リスたちは揃ってその衝撃的な言葉に仰け反った。
『ひどいやひどいや!まさか先生があんな風に突き放すなんて!』
木々の枝を伝いながら、リスたちはフィリスの家から遠ざかる。口々にフィリスへの恨み言を吐いていた。てっきり一緒に来て、森を荒すあの娘を止めてくれるかと思いきや。
『何が話せば分かる、だ!!!』
キイイ、と一匹が悔しがると両脇を駆ける二匹のリスも「そうだそうだ」と頷く。フィリスの対応への不平・不満が飛び交う中、彼らのわずか後ろを追っていた一匹が「俺!」と足を止めた。周りの仲間は何事だと止まって振り返る。
『俺、あの子のとこに行く。話してくる!』
リスたちは「何を馬鹿な」と眉間を寄せた。ルシルが動物と会話できないことは分かり切っていたからだ。
『俺だけでも行ってくる!』
ぴょん、と俊敏な動きで方向を変えた彼は、さっきまでと同じく飛ぶように駆けて行った。残されたリスたちは、皆「どうする?」と顔を見合わせたが、順次応追うように「俺も」、「僕も」と向きを変えた。期待と違う対応に腹を立ててしまったが、やっぱり『先生』が好きだったからである。
持って来た水筒で給水すると、私は同じく持参した本を開いた。栗等の秋の味覚でいっぱいになった籠を脇に置き、木の根元の前にしゃがむ。そしてそこに生えるキノコと、本に描かれている絵とを見比べた。
「タマゴタケ…あなたはタマゴタケなの…?」
超絶美味キノコと名高いタマゴタケと思しきキノコ。私はもはや地面に這う勢いでキノコをまじまじと見つめた。ちなみに、類似キノコのベニテングタケであれば毒なので、こうして注意を払っている次第。
「白い斑点は無いし…柄も違うし、生え際に残っているこの白いのから見ても…」
「これはタマゴタケ」と断定し、私は狂喜してそれをむしり取った。さっきはシメジにも出会えたしホックホクである。笑いが止まらない。
「惜しいのは、さっきのキノコがツキヨタケなのか、ムキタケなのか分からなかったこと…」
私は来た道を切ない気持ちで振り返る。前者なら毒、後者なら美味キノコ。残念ながら判断がつかず、泣く泣く諦めた。子供の頃、キノコ採取に賭けは厳禁だと地元のおじちゃんに怖い顔をして言われたので守る。
「ふふ…でもこのタマゴタケでチャラ…」
もう一本どこかに生えていないかと、人間の浅ましい欲に従って周りをぐるりと見回した時、頭上から何かの鳴き声が聞こえた。
不思議に思って見上げれば、枝の上に数匹のリス。ふさふさした尻尾、細かい動作、つぶらな目。
(か、かわいいーーー!)
私は思わず呆けたように口を開けて彼らを見つめた。
『こっち見た!ああ、あんなに採ってる!!』
『なんだあの馬鹿でかい籠!業者か!』
『もうやめてくれ!今年はせっかくの当たり年なんだ!』
何と。野生のリスであれば経験上人間の気配を察しただけで逃げてしまうのに。私を気にしないどころか、話しかけられているようにさえ見える。
「え…何ですか…?かわいい…」
キイキイという高い鳴き声。身を寄せ合う小さな生き物たち。幼い頃抱いた、リスが飼いたいという夢が再び湧き上がる。
『全然通じてないじゃないか!』
『先生の嘘つき!!』
しばらく目を合わせていても逃げないことから、やっぱり彼らは私に何か話しかけているのではないだろうか。猫や鳥が先生の仲間というのだから、もしかしたらリスも他所のリスとは違うのかも。
(私と友達に…?)
思い切って彼らの方へと手を伸ばしてみる。
『……』
「……」
何の反応も無い。私は静かに伸ばした手を下ろした。どうやらそういうことではないらしい。
『どうしたらいいんだ…!』
「あ、成程」
ふと、閃きが走る。動物が寄ってくるといったら…。
『あ…』
ゴロゴロ、と籠の中身を地面にあける。目当ては食べ物と見た。おおよそ、彼らは私の籠の中身を狙って来たのだろう。
「どうぞ。持って行ってください」
『え』
「うちも先生にご馳走したいので、必要分は頂いて行きますが」
リスたちに弁明をして、必要な量を地面に転がしたところから再度集める。
(ええと、シチュー用と、グラッセ用と)
「あ、このタマゴタケだけは渡せません…!」
リスたちは静かにジッとこちらを見ていたが、数秒間を置いて、一匹が小さく「キイ」と返事をするように鳴いた。
私はそこで味覚狩りを終わらせた。途中から目的を見誤り、拾うために拾っていた分はそこに残し、本当に必要な分だけを戻して籠を背負う。結局リスたちは私が居る間は木から降りて来てはくれなかった。しばらく歩いたところで振り返れば、嬉しそうに栗に群がっていたのでやっぱり籠の中身が目当てだったのだろう。
(それにしたって、たくさん採れた。ああ、食べるのが楽しみ!先生の反応も楽しみ!)
私は来た時よりも更にご機嫌で森の道を辿った。
『よく分からんけど良かった…』
『絶対通じてなかったけど、良かった…』
リスたちはめいめいルシルが置いて行った大量の栗を確保し、安堵した。話して言葉が通じることは無かったが、ルシルが悪い奴ではないということだけは分かった。
冬前に会いに行こう。
巣穴で家族がお土産に夢中で噛り付くのを見ながら、リス一同は思うのだった。
「ただいま戻りました」
私が家に戻ると、先生がリビングに降りてきた。こちらに近づいて来て、籠の中身を覗く。籠の半分ほどが埋まっていた。
「大漁です」
私が満足に報告すると、先生はフッと笑い、「そうだな」と言った。何が面白かったのだろうと不思議に思いながら、件の美味キノコを先生に見せた。
「お夕飯に出しますね」と言えば、先生は一見無反応だったけれど、確かに一瞬目を見開いた。お好きだと、確信する。
素晴らしき秋の味覚狩りはこうして終了を迎えた。採取は大勝利だったし、嬉しそうな先生のお顔も見ることができたし、大満足である。是非来年も行くと固く心に決め、私は昼食の用意に取り掛かった。
「不可」
「え」
数時間後、採ってきた他のキノコを検閲した先生によって、三分の一が食用外(毒)と宣告される。世の中そうそう甘くは無いと思い知ることとなり、悔しさで渋い顔をする私を先生は面白そうに眺めていた。
来年は一緒に来てもらおう。
除けられたキノコたちを見ながら、リベンジを誓う。
お読みいただき、ありがとうございます。




