本編外:斯くもこの世は美しい
エピローグ後のお話
遠く。君がはしゃぐ姿を眺める。波が陽の光に止めどなく輝き、君は楽しそうに笑った。
『フィリス師、おでかけですか』
先日突然イーダが家にやって来て、フィリスに向かって不満そうに口を尖らせた。フィリスとルシルは今から出掛けんとす、というタイミングだった。イーダが急にやってくることは珍しくなく、二人とも驚くことは無い。
『海に連れて行っていただくんです』
ルシルがもじもじしながら照れ臭そうに言う。
イーダは益々不満顔になった。二人を応援する気持ちはあったものの、こうも睦まじさを見せつけられては面白くない。
『僕のフィリス師が…!』
ルシルはイーダに取り合っては面倒だと察したのか、「戸締りを見なくては!」と言いながら、そそくさと旅行鞄を携えてリビングから姿を消した。
『この前もどこかに行っていたじゃないですか…出不精のあなたが…!』
恨めし気なイーダをフィリスはジロリと横目で見た。
さして不思議なことでもあるまい。
自分はこの家で彼女と暮らすことを幸福としているのは確かだが、彼女の人生を自分の世話のみで終わらせることは極めて愚かなこととも考える。
『海の美しさを知らぬままにしておくわけにはいかない』
彼女には、人生を謳歌し、広く美しい世界を味わってもらいたい。
イーダはそれ以上何も言わなかった。
浜から幾らか離れたテラスでフィリスは波と遊ぶルシルを眺める。引く波を追いかけ、寄せる波から逃げている。ああしてしばらく経つが、一向に飽きていない様だった。
海を見た彼女はその大きさに感嘆し、波の動きに心を奪われ、その瞳に無窮の輝きを灯らせた。
世界樹が歌った夜もそうだった。彼女は呼ばれやすい。その素直さをフィリスは好ましいと思う。
幾度となく目にしたことがあるのに、フィリスの目には目の前に広がる浜と海がどこか新鮮に清々しく映る。ルシルに見せようと思った景色は、一層鮮やかにフィリスを惹きつけた。
「先生!」
ああ、彼女が駆けてくる。髪が光に透け、肌の輪郭が照らされて眩い。
「貝を拾いました!食べられるでしょうか!」
フィリスは頬を緩ませる。
残念だが、それは食べられない。
「あら…ふふっ…」
波が君の笑う声を残して引いて行く。何物にも、この美しさは攫えまい。
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