本編外:20時
15時の続きです。
今日の私はちょっと抜けている。固い豆を大量に提供したり、朝夕と豆料理を被せてしまったり。
(これは困った)
ここまで困ることも早々無い。私はあるドアの前で立ち尽くしていた。中には先生が居る。時計を見れば20時。いつもであれば二階に上がっていてもおかしくない時間だ。
夕食はいつも通りの時間だったのだけれど、いつになく先生がゆっくり食事を摂ったため、時間が押した。私の故郷の料理、すなわち家の母の味をしみじみと味わってくれていたらしかった。
私からは食事の感想を求めず、また先生も言わないのが常であるのに、今日先生は両手をプレート前で合わせた後、「美味かった」と言ってくれた。
(嬉しかった…びっくりしたけれど…)
私は先の光景を思い出し、胸にタオルを抱く腕にギュッと力を込めた。
「…」
タオル。そうだ、私が今どうしてここで困っているかと言えば、タオルだ。私の記憶が正しければ、今お風呂の脱衣所のタオル置き場にタオルは無い。1枚として無い。先生がお風呂に向かう前に補充しようと思っていたのだけれど、夕食後の先生の言葉が嬉し過ぎてすっかり忘れた。不甲斐ない。
もう先生がお風呂に行って20分。どうしよう、そろそろ出てきてしまうだろうか。脱衣所に突撃して、最悪なタイミングで先生がお風呂場から出てきたらどうしよう。いや、そもそもこのドアを開けたら立っていたらどうしよう。タオルが無くて途方に暮れていたらどうしよう!!
ここでモダモダしていても仕方がない。
私はドアに耳をつけ、その先に人の気配が無いかを探った。
(…音はしない。きっと今そこには居ない)
私は意を決し、ガラッと目の前のドアを開けた。そして。
「先生ー!今ルシルが来ています!タオルの補充に来ています!」
大声で警告を発して脱衣所に侵入した。
「まだいます!まだいます!」と存在を主張しながら、タオル置き場にタオルを補充する。お風呂のすりガラスのドアの向こうの気配に注意しつつ、私がそそくさと退出しようとした時。
コン、と硬い音がした。
「は、はい!?」
先生だ。内側からすりガラスを叩いたらしい。すりガラスに、ぼんやりと輪郭のはっきりしない影が浮かぶ。
(ひえ!?)
「1枚」
一言発せられたと思ったら、ガチャリとガラス戸がわずかに開き、中からニュッと濡れた手が出て来た。私は仰天して「ギャッ」と叫びそうになるのを気合で止め、慌ててタオル置き場からタオルを1枚取ると、その手に渡す。
先生の手はタオルを持つと、シュッと中に引っ込んだ。ガラス戸が再びガチャリと速やかに閉まる。
「……」
ハッとする。こうしている場合ではない。私も速やかに撤退しなくては。
(もう!ちゃっかり…!ちゃっかりして!!!)
私だって一応まだ恥じらいのある乙女なのにと怒りながら、私は「ルシルいなくなりまーす!!!」と言って脱衣所のドアを閉めた。
もうタオルは切らさないと強く心に誓いながら。
お読みいただき、ありがとうございました。一日お疲れ様です。




