本編外:15時
7時の続きです。
庭の花壇の世話をする。落ちた葉や蕾を拾い、雑草を抜く。まだちょっと日差しが強い。
「ふう…」
被っていた帽子を外し、パタパタと自分を扇ぐ。首にかけていたタオルで頬や額を拭いた。家の方を振り向くと、白い壁に日光が反射して眩しかった。
そろそろ15時くらいだろうか。
あと少しだけ作業をしたら終わりにしよう。お風呂の用意や、夕ご飯の支度もしなくては。
緑に触れていると、田舎だった地元の野原を思い出す。ぞろぞろいる兄弟たちと一緒に家の周りの畑や森で遊んだ記憶が蘇ってきた。
「~♪」
自然と口から懐かしい歌が漏れる。種撒きの時、収穫の時。地元でよく歌われていた歌だ。
開けている戸から何か聴こえてくる。フィリスは本から目を離し、バルコニーの方を見た。声の主は一人しかいない。フィリスは興味深く耳を傾けた。
知らない歌だ。
旋律からそう思った。しかし、しばらく聴いていると、確かに歌詞には覚えがある。フィリスは俯いた。
「…ふ」
思わず息が漏れた。似たような旋律の同じ歌詞の歌を知っている。ただ、今彼女が歌っているのは、自分が知っているものと絶妙に音がズレていた。
彼女の姿は部屋からでは見えないが、声の調子から察するに、きっと機嫌が良いのだろう。フィリスは時折見事に微妙な音を捉えるルシルの歌を何とも言えない気持ちで鑑賞した。
作業を終えて、家の中に戻ってから少しすると先生が現れた。珍しいと思いながら、私は手を止める。
キッチンではなく、リビングのテーブルで大々的に行われている豆の筋取り作業を先生は何ともない顔で眺めた。
「大量の豆」と思っているに違いない。私は肯定するために頷く。
「今日は故郷の料理をお出しします」
さっき歌を歌っていた時に郷愁に駆られた私は、地元おふくろの味が恋しくなった。丁度材料があったので本日のメニューに故郷の豆料理が躍り出た次第である。
大量の豆を茹で、ペーストにし、あれやこれや調味料を混ぜ込む。家庭によって入れる物が変わるのが面白いところだ。スパイスを使うのできっと先生にも気に入ってもらえると思う。
「今日は豆の日か」
「…」
的確な指摘に、私は固まった。本当だ。朝大量のナッツを出したばかりだというのに。夜にまたペーストするとはいえ大量の豆を出そうとしている。うっかりした。私の脳内にビシャリと雷が落ちる。
(ど、どどどうしよう)
動揺して手が豆に当たり、ひとつコロンとテーブルから零れた。拾おうとするも、先に先生が身を屈める。
「調理の手数が多いな。楽しみだ」
先生は拾った豆をテーブルに置くと、リビングのソファへと寝転がった。
「…君の故郷、か」
しばらくリビングにはプチプチと筋を取る音だけが響く。緩やかな午後だった。
お読みいただき、ありがとうございました。次は20時です。




