本編外:7時
元旦那様撃退~ディディ登場までの間のある日。
今日の朝のサラダにはナッツをたくさん入れてみた。「すごく美味しそう!」と思った直後に気が付いた。
(先生…固いもの大丈夫…?)
私の燃え上がったテンションは直ぐに鎮火した。大変な兵器を作ってしまったかもしれないという不安が次いでやって来た。
どうしよう。下手な危険は冒さない方が良いだろうか。結局杞憂に終わり、美味しく食べていただけるのならいいのだが。もしもこの大量のアーモンドやピスタチオで先生の歯や顎がやられたりしたらどう謝ったらいい。
(駄目だ。そんなリスクは排除しよう)
既にテーブルに置いてしまったサラダを回収すべく、私はキッチンから飛び出した。
その瞬間7時。
ちょっと前から階段上で待機していたのではないかと疑うくらい、時間きっかり先生が二階から降りてくる。
(ま、間に合わなかった…!)
サラダに手を伸ばしていた私はサッと居ずまいを整えた。私の不自然な動作に先生はわずかに首を傾げたが、特段何を言うわけでもなく、テーブルに着いた。
大量ナッツサラダと先生が対面する。私に緊張が走った。
「…」
何も言わない。一瞥しただけ。いけるか。いけるのか。私は一抹の不安を抱きつつも、サラダの回収は諦めてスープを運ぶことにした。
(駄目だったらきっと残すでしょう)
楽観的に考えるしかなくなった今、私は努めて楽観的に、同時に内心ハラハラで先生の食事風景を見守った。
スープ。あれは何の危険も無いキャベツと卵のスープ。むしろ体に優しい。香り付けにちょっとだけクミンが入っている。
「…」
先生は一口含むと、こちらを見た。
(ありがとうございます)
有りだったらしい。私は感謝を込めて軽く一礼した。ここまではいい。けれど。
先生はフォーク手に、サラダへと続く。私は固唾を飲み込んで、動向を窺う。
(無理しないで…!)
半ば祈るような気持ちだった。
ボリ。ポリポリ。ザク。
「……」
(いい音…)
先生がナッツを食む音がリビングに響き、しばらく続く。私はドッと息を吐き、胸を撫で下ろした。どうやら問題ないようだ。
(よかった!よかった!)
安心した。これで平静に観察ができる。私は食後用とお持たせ用の紅茶を用意しつつ、目を先生の方へ向け続けた。
ゴリ。ボリボリ。カリカリ。
「……」
ほっぺたを片方わずかに膨らませ、音を立てながら咀嚼する先生。私はその姿にリスやそれに準じた小型のげっ歯類の影を重ねた。
なんかよく分からないけど…。
(か、可愛い…)
謎の愛らしさに、私は目を疑った。ついでに自分の感性も疑った。考えていることがバレたらきっと物凄く気分を害されるに違いない。
(だ、だめ…にやけちゃだめ…)
私は精一杯の気合で緩みそうになる顔を整えた。その顔が不自然に難しい感じになってしまっていたらしく、食事を終えた先生に「どこか痛みでも」と訊かれてしまった。
そこに居たのはいつもの先生だったけれど、何となく私は先生のことが直視できなかったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。次は15時です。




