非・魔法人間生活
何と声をかけたらよいのだろう。尊敬する、大好きな先生に畳みかけるようにお叱りを受けたイーダさんは抜け殻のようだった。
流石の私でも、ついさっきまで醜い言い争いをしていたからといって、今のイーダさんに「ざまあみろ!」なんてことは言えない。
ズシャア。イーダさんが膝から崩れ、地面に膝立ちになる。目線は遠くの空へと放り投げられていた。
それを見たら、私は何ともいたたまれない気持ちになってしまって、「ええと…その…」と言うこともあまり決まっていないまま話しかけた。
「あの…私はその…すみません、楽しみのサツマイモ掘りを奪われて…頭に血が上がってしまったといいますか…」
だから先生にあなたを成敗させるつもりも、そもそも貴方を傷つけるつもりも無かったんですよ、と遠回しに言い訳してみる。
私の言葉を耳に入れたイーダさんは、ぎょろりと私に目を向けた。あまりに表情が無くて怖い。
「……」
しばらくそのまま私とイーダさんは無言で見つめ合った。表情から彼が今どんな気持ちなのか分からなくて困る。
「…僕」
おもむろに、イーダさんが口を開いた。
「場違いだったね」
悲しそうに、イーダさんは言った。
「…」
割と最初からそうでしたよ、とはとても言えなかった。
「待って待って待って」
それから5分後。私はイーダさんの服の裾を引っ張っていた。
「いいんだ…ルシルちゃん…ごめんね…」
さっきからこんな感じのイーダさんは、私が引っ張るのと反対方向へ体を進めようとする。端的に言うと、森に行こうとしているのだ。
落ち込みまくった結果、イーダさんは「ここには居られない」と言い出し、森に潜んで来客対応をすると言ってきかない。
(そんなの、根本的な解決にならないでしょうが!)
そんな子供のような彼の裾を引っ張って止める。ちょっと服が伸びてしまったような気がする。
「イーダさん!」
言っても聞かないイーダさんに段々苛立って来た私は、つい強めに彼の名を呼んだ。
「…」
相変わらず、その顔は晴れず、あからさまにどんよりしている。本当に放っておいて欲しいのだか、構って欲しいだけなのか判別がつかない。
(め、面倒くさい…!!!!!)
「もう!!109歳!!!いい加減にしてください!」
私が声を荒げると、イーダさんはやっとまともにこちらを向いた。しょぼんと眉が下がっている。本当に子供のようだった。
「逃げるんですか」
「だってもう僕はどうしたらいいのか分からない…」
「いつものぐいぐい加減はどこに行ってしまったのですか」
「…あんなに本気で遠ざけられるようなこと言われたの、初めてなんだ…」
どうしたらいいのか分からない、というのは事実なのかもしれない。怒られた子供が、どう謝ればいいのか、あるいはどう挽回したらいいのか分からずに途方に暮れているような姿とイーダさんが重なる。
だからと言って、問題から遠ざかっては何も解決しないし、事態は悪化するのが世の常だ。
「ここでイーダさんが逃げてしまったら、先生はもっと遠ざかってしまうのでは」
「……」
イーダさんは何も言わなかったけれど、きっとそんなこと承知だろう。
(仕方がないなあ…)
私もこんなことになっている原因の一端であるという自覚から、イーダさんを知らんぷりするわけにはいかない。
「はい」
「…?」
私はイーダさんをキッチンに引きずってきた。あまり抵抗されなかったため、イーダさんにも何とかしたいという意欲はまだ残っているようだ。
彼にレードルを突き出せば、「どうしろと」という顔を向けられる。
「スープを混ぜていてください。イーダさんが魔法で作ったやつですよ。もうすぐ7時ですからね。温めます。焦げないように混ぜていてください」
「……分かった」
イーダさんは大人しくグルグルと鍋の中を混ぜ始める。
「それから、もう少し先生好みにしたいと思いますので、そこにあるクミンを少し入れていただけますか」
「少しって?」
「サッサッサくらいですかね」
「適当過ぎて分からないよ…」
クミンの入った瓶を片手に、渋い顔をするイーダさん。私は瓶を奪うと、適当にスープに振り入れた。イーダさんに味見をしてもらえば、「おいしい…」と何故か不満げに呟かれる。
口を尖らせているイーダさんに、私は問いかけた。
「イーダさん、普段周りは魔法使いの方ばかりですか?」
「うん」
「非・魔法人間的なやり方で、一緒にやりましょう?煩わしいかもしれませんが、面白いかもしれないですよ。案外得意だったりして」
「……」
イーダさんは暗い顔で黙った。何かを考えているかのようだった。いつものニコニコがどこかに消えた、物憂げな横顔に私の胸も痛む。
「魔法使いって、いいですよね」
「…どうしたの」
唐突にうらやましがる発言をした私を、イーダさんは訝しがる。
「魔法を使っても、使わなくても生きていける。二刀流じゃないですか。私は選択肢無しですよ?それに寿命も私達よりも長いし。ゆっくり色んなこと経験していけばいいじゃないですか」
能天気なことを言っていると思われたかもしれない。でも、何とか前向きなことを言わなければと思ったのだ。
イーダさんは「君…」と言いかけ、目をパチパチと瞬いた。そして、自分の手とレードルを持つ手を見比べた。
「…そうだね」
彼の顔に心なしか笑顔が浮かぶ。どうにか気持ちが前を向いたようだった。
定時になり降りてきた先生は、慄く程いつも通りの体だった。テーブルにイーダさんがおらず、キッチンに隠れているのを見抜いても、何も言わず。
(す、すごい!!ここまで来るとイーダさんがちょっと可哀想!)
私はハラハラしながら先生にいつも通り給仕をして、去ろうとする。が、今日の料理は私が用意したのではない。心の中に突然罪悪感が顔を出した。
「ち、朝食は、イーダさんが用意してくださいました!」
言ってから、私はハッとした。もしかして、要らぬ一言だったのではないか?解雇に恐れる私が、不可抗力とは言え自ら仕事をしなかったこと告白してしまった。「マズイかも」と変な汗が噴き出す。
恐る恐る様子を窺った先生は「そうか」と一つ頷く。
(…)
ほんの、ほんの僅か。先生は目元を優しく緩めて私を見た。
先生がまた二階に上がると、私たちは同じテーブルについて朝食を摂りながらこそこそと話し合った。
「さ、さっき先生ちょっと笑いましたよね!?」
「何でだと思います!?」とイーダさんに尋ねると、「何で分からないの」という悪意のない声が返ってきた。
「君が素直だったからでしょ」
「え?」
「君がもう僕や魔法に怒っていないって思われたんだと思うよ」
「え?わ、私はただ、我がもの顔で料理を運んだもののそういえば作ったのは私ではなかったと思っただけで」
怒っているかと聞かれると、もう怒ってはいない。イーダさんも今後は勝手に魔法で色々とやることはないだろうし、サツマイモの件はまだ若干許せないではいるものの、私の頭も大分冷えている。
イーダさんの物言いが何だかオーバーだったような気がしてキョトンとしていると、イーダさんは「ははっ」と表情を崩した。
「君って、悪いことしなさそうだね」
何だか馬鹿にされたような気がしなくも無かったけれど、何の取り繕いも無く笑ったイーダさんが見ることができたので良しとすることにした。
そして。「若い子」たちのご挨拶(腕試し)の間隔は徐々に長くなり。イーダさんが来てから3週間が経とうとした時。
イーダさんはふいに言った。
「ルシルちゃんて、フィリス師のこと好きでしょ」
「は?」
危うく、私は洗っていたお皿を取り落としそうになる。この家に来て一枚目のお皿を割るところだった。
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