魔法使いは長生き
パキューン!ブオオオオオオオ!
「―!――!!」
「――!――――!!!」
人が言い争う声。激しく鳴る破裂音。
「…」
夜中。私はリビングの窓ガラスの前で体操座りをして、庭の上空で繰り広げられる熱い戦いを眺めていた。
別に眺めたくて眺めているのではない。何故こうしているのかと言えば、単純にうるさすぎて眠れないのである。
戦いの火ぶたは真夜中3時に切られた。熟睡していた私は大きな音と眩しい光に飛び起きた。窓の外を見れば、迷惑極まりない事態になっていたということだ。
この騒ぎの中眠れるわけもなく、仕方ないのでこうして観戦している次第である。
蛍が飛び交うかの如く、暗い空ではひゅんひゅんと光が走る。三つの光が、離れた一つの光へと近づいた。
(おお…)
しかし。離れた一つの光から更に眩い光が発せられる。あまりの明るさに近隣の森の木々が良く見えた。
三つの影は光りを失い、黒い点となって落下する。
(あ、落ちちゃう)
私は思わず身を乗り出した。
しかし、残った光がそれらを回収し、地面にストンと降り立つ。庭に、三人の黒い影がゴロリと転がされた。どうやら動けないらしい。彼らを連れてきた人物は、何やらせっせと彼らに張り紙をし、「もう来ないように!」と言って三人を遠く夜空の彼方へと飛ばした。
時計を見る。三時半だった。
こちらに向かってふらふら歩いてくるのは、言わずもがな先ほどまでドンパチやっていたイーダさん。
コンコン。ガラス戸が叩かれる。
「入れてー」
若干疲れを忍ばせ、彼はへにゃりと笑う。私は立ち上がり、戸に近づいた。
「…玄関から入ってください」
「……」
がっくりと項垂れながら、イーダさんは玄関へと回った。
「疲れたよう…」
「まあ…そうでしょうねえ…」
玄関からリビングにやってきたイーダさんはソファに沈んだ。本当に疲れていそうだ。何せ、彼がここに来てからというもの、タイミングを見計らったかのように招かれざる客が毎日襲来している。ちなみに今日で五日連続。
皆揃って卑怯にも寝込みを襲って来るせいで、私は毎日寝不足だし、疲れているイーダさんは毎日お寝坊さんだ。
初日こそ、安眠を妨害されて激怒したものの、奴らが来るのは別にイーダさんのせいじゃないそうなので、私はむしろ追い払う彼に同情し始めた。
そんな中、先生だけは微塵も興味を示さない。肌つやも変わりないので、恐らく強靭な精神でしっかり寝ているのだと察する。見習えない。
「今日は最初五人だったんだよ」
「そうなんですか。追い払って三人に?」
「いや、協会の僕がいるって分かった奴らは自分で逃げた。あとは本当に何にも分かってない子が残ったの」
大きなあくびをしながら、イーダさんはやれやれと寝返りを打つ。
「協会…」
私はポツリと気になる言葉を呟いた。イーダさんが口にする「協会」が何のことなのか、未だ私は何も知らない。
「魔法使いの組織のことだよ…上下関係厳しくて、面倒くさい……だからフィリス師も嫌なんだろうなあ……」
イーダさんはむにゃむにゃと喋りながらそのままスヤアと眠りに落ちた。居候の彼の寝床はこのソファだ。寝心地は保証するものの、この扱いでいいのかと実は内心不安に思っている。
「組織かあ…よく分かんないけど。うん…先生は苦手そう」
軽い印象を受けた彼だったが、意外と苦労をしているのかもしれない。私はイーダさんにブランケットをかけると、あと少し眠るために自室に戻った。
「…」
朝。いつも通り定時に降りてきた先生は、ソファでスヤスヤと眠るイーダさんを一瞥し、ため息を吐いた。
そんな先生を横目にテーブルに朝食を並べていると、今度はこちらに紫色の目が向く。そして、またしても先生は短く息を吐いた。
(…)
意図は分からないが、私が少し傷付いたのは言うまでもない。
「健康を害するようなら言うように」
先生は静かに呟くと、いつものようにテーブルについた。それが連日のアレのことだと分かると、私は苦い気持ちになる。寝不足がバレてしまったようだ。
先生が追い払ってくれれば早いのでは、と思わないでもないけれど、それをやるとお客がもっと増えるかもと聞けば何も言えない。
それに、イーダさんを見ていればどうやら先生が大好きなようなので、お役に立ちたい気持ちを妨害することも憚られる。
(早く魔法使いさんたちに周知されて、平和が戻りますように)
曖昧に返事をし、私は朝食の配膳を続けた。
「ふあああ」と大きなあくびをしながら、イーダさんは起きてきた。「おはよう」はいいけれど、もうお昼近い。イーダさんは金のサラリとした髪を適当に結って適当な感じでキッチンにやって来た。
「おいしそうだねー。何を作っているの?」
何て自由なんだと思ったけれど、口には出さないでおく。
「これは卵のキッシュです」
「味見して良い?」
イーダさんは味見と言う名のつまみ食いを敢行した。お腹が空いているのだろう。もう少ししたら昼食だから大人しく待っていて欲しい。
そんな私の胸中も知らず、「おいしい!」と口を動かすイーダさん。
「…子供みたいですね」
つい思ってしまったことを言うと、イーダさんは目を丸くした。
「こ、子供!?ルシルちゃん、僕のこといくつだと思ってるの!」
子供と言われて憤慨するなら、それ相応の行動をすべきと思ったが、やはり口には出さないでおいた。
「見た目ではすみません、私と同じかそれより少し上くらいにしか見えていません」
正直に答えると、イーダさんは「子供過ぎる!」と私には共感しがたい反応をする。ええと、パセリパセリ。話相手をしながら手を動かす。物がしまってある場所によってはイーダさんが邪魔なので、手で「どいてください」と合図する。
「あ、ごめんね。えーでも僕これでももう109歳なのにな…」
「へー…は!?????」
カラン、とスープを混ぜようと思って手にしたレードルを取り落とした。待て待て待て今何と?
私がポカンとしていると、イーダさんは「え、嘘…そんなに意外?」とあちらもびっくり顔である。
「い、いやいやいや驚きますよ!私達で言ったら十分過ぎるお爺ちゃんじゃないですか!」
「お爺ちゃん!?」
「それはそれで心外なの!?」
「当たり前だよ!!!それならフィリス師は一体どうなっちゃうのさ!!!」
イーダさんはビシッと上の階を指さしながら訴えてきた。
(せ、先生……?)
待てよ。私はレードルを持ったまま腕組みをし、考え込んだ。イーダさんがこんなにその辺のお兄ちゃんの体で109歳、ということは…?先生は…?あの真っ白な髪が更に割増しでお年に見え…?
そこまで考え、私は思考を振り払う。
「せ、先生は先生です!!!」
「あ!何それ!ずるい!!!」
「…何をしている」
「「あ」」
私たちがそんな話をしている間に、定時になっていたらしい。呆れ顔の先生がリビングに立っていた。私はイーダさんを追い払い、急いで昼食の仕上げに取り掛かった。しかし心の中は穏やかでない。
(イーダさんが109歳ってことは…私達よりも魔法使いは四、五倍くらい生きられるってこと…??????)
まさかそんなに差があるとは思わなかったのだ。成程、コルテスさんのお爺さんの子供の時代にも先生が居る訳だ。私はついに「魔法使いは長生き」の意味を知ってしまった。
私はイーダさんに絡まれて不機嫌そうにしている先生を盗み見た。
(…前より、お爺ちゃんに見えなくなってきた)
今しがた驚愕の歳であるらしいことが分かったというのに。私の見方が変わっただけなのだろうか。
それでも。知りたかったような知りたくなかったような。想像以上の歳の差に、「もはや気にするとかいうレベルじゃない」とある種吹っ切れもするものの。先生が歩んで来た、あるいは歩んで行く時間を思うと、自分が同じ速度で歩けないことが少しだけ寂しいような気がした。
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