メンタルの強い来訪者
ホクホクの栗。シチューに入れてこっくりと。歯触りのよいキノコは塩コショウだけでソテーに。
「…」
先生がこちらを見た。あれは「有り」。
(よしよし)
先日ようやく念願の森散策に行くことができた。気持ちが逸っていたけれど、いざ行ってみればちょうどよい時期だったらしく、私は籠いっぱいの戦利品を持ち帰ることができた。大勝利である。
熱々のシチューをもくもくと食べる先生の頬が心なしか赤い。
(かわいい…)
キッチンの物陰から邪な視線を送っていると、家の玄関のドアがトントンと叩かれる音がした。
先生のお食事中に一体誰だろう。私は先生に「見てきます」と断りを入れ、キッチンを出た。ここを訪ねてくる人と言えば、知れている。商工会会長のコルテスさんか、そのお爺さんのジュノさん、それか極々たまにやってくる石鹸工場の偉い人。
でも、その誰もがこんな食事時にやってくることは今までなかった。
私は不思議に思いながら「はい」と返事をしつつ、ドアを開けた。
「…」
私は直ぐに開けたドアを閉めた。ドッドッと心臓が鳴っている。
「えええええ!?嘘ー!何で!?」
扉の向こうから声が聞こえる。しかし私は彼を迎え入れる勇気が無かった。ドアの取っ手を握りしめてどうしようかと固まっていると、背後に先生がふらりとやって来た。
「どうした」
「ああ…あの…あの時の、金髪の…魔法使いの方が…」
そう。ドアの先に立っていたのは、私が猫になっていた最後の日、赤髪の青年が先生に突っかかって来た際に乱入してきた金髪イケメンの魔法使いだった。
彼が一体どういう人なのかは分からなかったが、心底「よその魔法使いは御免だ」と思うようになっていた私は、衝動的に開けたドアを閉めたのだった。
「あ、開けましたが…閉めました…」
「どうしましょう」という意図を込めて、恐る恐る先生に困った顔を向けると、先生は一つ頷きを返す。
「良い判断だ」
「ちょっとーーーーー!!!!!」
ドアの向こうから嘆くような、責めるような叫びが響いた。
結局。金髪のイケメンは家にあげられた。こちらが耐えがたくなるほどドアを叩き続け、訴え続けられたからである。
「あ、僕イーダって言います。よろしくね!」
「あ…はい…」
やたら愛想の良い彼は、私ににこにこと自己紹介をしてくれた。私もしなければならない感じだったので、簡単に「家政婦のルシルです」と名乗る。隣にいる先生の放つ外気よりももっと冷たい空気が痛い。
「何しに来たんですか」
私はギョッとした。先生の言葉遣いがいつもと違う。え、このお兄さん偉い人なの?と思ったのも束の間。
「ひ、酷いなあ~フィリス師。こないだは僕まで巻き込んでまさかアラネウムまで飛ばすし。せっかく無礼な若者を追い払いに来たのに」
「頼んでいません。君も邪魔なだけです」
言葉が丁寧なだけで、内容には全く敬意がない。これは、相手に失礼の無いように話しているのではなく、物凄く他人行儀に話しているだけだ。心の遠さをアピールしているようにも聞こえる。
「そんなー」
「えー」という感じで頭をのけぞらせるイーダさん。強い。先生のこの冷たさに全然めげている様子が無い。おまけに私に向かって「あ、アラネウムって分かります?」と聞いてくる始末。
「アラネウムっていうのは、かなり前に人が作った魔法使いを閉じ込めておくための監獄でして」
何やら物騒な話が始まった。頼んでも居ないのに、イーダさんは親切に説明を続けた。依然として先生からの圧が凄い。
「あれですよ、聞いたことないです?魔女狩りとか、魔法使い狩りとか。最終的にね、僕らを始末しようなんて無理だし無駄だったんですけど、ともかく一度でもうっかり捕まってそこに入れられるっていうのが当時本当に恥で」
「は、はあ…」
適当な相槌を入れつつ、イーダさんの話を聞く。何やら遠い世界の話で私には現実味が無い。どこかのおとぎ話をされているような気分だった。
「だから…ね?フィリス師…あんなところに飛ばすなんて嫌味が過ぎるなあって」
一瞬、イーダさんの瞳がギラリと光った。危うい予感がし、私は隣の先生を横目で見る。このイケメン、愛想良く見えて実はやり返しに来たのでは。
(あんまり刺激せずに、穏便にお帰りいただいた方が…)
「嫌いですから。君たちが」
(先生―――!)
スパっと言い切った先生に、目が点になった。どうしよう、大変だ。何がって、私の心臓が。ハラハラして胃の方も痛くなってきた。どうしてこんなに喧嘩腰なんだろう。いたく強気じゃないか。
私が冷や冷やしながらイーダさんに目を向けると、彼は先生の言葉を受け、一瞬パチリと固まった。そして。
「あはは!」
何と、にっこりと顔を綻ばせた。
(えーーー)
全く分からない。付いて行けない。私はこれより置物の様に佇んでいることに決めた。何か、心配しても無駄な気がする。
「お変わりなさそうで安心しましたよ。だって、久しぶりに魔法を使ったらしいってこっちでも噂になってましたから」
「…」
「そうしたら、若い子の間でフィリス師のことが話題になっちゃって」
「……」
「挨拶に来るのが流行りそうだったから、こないだの子を捕まえて、協会に報告して、全魔法使いに通達してもらいましたよ」
「………」
どんどん先生の機嫌が悪くなっていく。ひしひしと苛立ちが伝わって来て、それを向けられているイーダさんよりも私の方が大分ビビっているというおかしな状況が生まれていた。健康に悪い。
「そんな嫌わなくても、協会はあなたの事を尊重して不干渉を貫いているじゃないですか」
「ね?」というイーダさんの念押しに、先生は静かに顔を背けた。
「ではこうして君が来ているのは何なんですか」
「あー…それはですねえ」
イーダさんは苦笑した。
「まだお達しが行き届いてない子が来るといけないので、見張りに来た次第です!」
私は目を丸くし、先生はここぞと顔をしかめた。
三十分後。私は遅れて自分の昼食を摂り始めた。どうしてか、イーダさんも一緒に。
「うわあー美味しい!すごい!美味しいよ、ルシルちゃん!」
「ど、どうも…」
先生は既に二階へ消えた。置いて行かないでと思ったけれど今回の先生は無情だった。
あの後、ひと悶着有ったもののイーダさんがしばらく家にいることに落ち着いた。
「どうして君が?」
「だってフィリス師が自分で追い払っちゃったら、余計に相手にしてもらえると思って変な奴が増えますよ。ほら、立場的に厄介なのが居た方がいいでしょう?」
何回かこんな感じの問答を繰り返し、最終的にイーダさんのごり押しによって我が家への居候が決定した次第だ。先生の様子からして、全く歓迎されていないにも拘わらず、イーダさんは嬉しそうだった。
「はあーお腹いっぱい」
「それはようございました」
イーダさんはテーブルに肘をついて、ゴロリと頭を乗せた。
「いいなあー先生毎日こんなに美味しいご飯食べさせて貰ってるんだー」
私は何と答えたらよいのか分からず、そそくさとお皿をトレイに乗せた。その様子をイーダさんはじろじろと見てくる。非常に居心地が悪い。
「…あの、何でしょうか」
視線に耐え兼ねて、イーダさんに声をかければ、金髪のイケメンはふわりと笑った。
「んーん、ごめんね何でもない」
「これからよろしくね」と言う彼の言葉をどう受け取ったら良いのか。私はにこにことしている彼に向かってぎこちなく頷くことしかできなかった。
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