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難航する就職活動

 グリュワーズの街の真ん中に建つニゼア氏の邸宅は、いつになく騒々しかった。いや、正確に言えば邸宅の一室だけが。


「彼女を連れ戻す!」

「まあ!何てこと!やっぱりあの子と!」


 昨日は夫人の迫力に圧倒されていたニゼア氏だったが、一夜明けたら気力を取り戻したらしい。夫妻は朝から激しく言い争っていた。


 使用人たちは二人を止めるような蛮勇は見せず、己の仕事に過去一番集中している。


「大体、君だって若い将校に色目を使っているじゃないか」

「私は旦那様だけです!酷いおっしゃりよう!」


 二人がやりあっている部屋の前を静かに通りがかったメイドと執事がこっそりと扉に耳をつけて中の声を聞き、肩を竦める。


「こりゃまだかかりそうだ」

「ですね」


 使用人たちがそそくさと部屋の前から退散しようとしたとき、「とにかく!」と一際大きなニゼア氏の声が響いた。


「彼女を連れ戻す!!レイヴン!!!」


 名を呼ばれた執事は苦虫を噛み潰したような顔になり、隣に居たメイドは「あちゃー」と漏らすと、無情にも執事を置いて逃げた。






 降り立った駅は、閑散としていた。私は街の案内板は無いかと辺りをきょろきょろと見回した。ともかく、本日の宿を確保しなくてはならない。いくら小さな街と言っても、宿くらいはあるだろう。


(視線が痛い)


 結局案内板を見てもざっとし過ぎていてよく分からなかった。駅を出た私は街をやみくもに歩き始めた。トランク片手に歩いている人は私くらいのもので、街の人々は物珍しそうにこちらを見てくる。


 外の人間は滅多にいないのだろうか。確かに観光地ではなさそうだし、旅行者は少ないのかもしれない。選択を誤っただろうか、と胸の中が薄暗くなり始めた時、ようやく宿屋らしい看板を見つけた。


 レンガ屋根の小さな三階建ての宿屋。正面には植木鉢が並べられ、可愛らしい花が咲いている。


(こういうので、何となく雰囲気分かるよね)


 私は素朴な印象を受けながら、ドアを開けた。ドアベルが控えめな音で「カラン」と鳴った。


「おや、いらっしゃい」


 中に入ると直ぐに木のカウンターがあり、その向こうではゆったりと座っている壮年の男性がいた。チェック柄のシャツが外の植木鉢同様、素朴でかわいらしい感じがした。


「部屋は空いていますか」

「勿論。ええと、宿帳宿帳」


 主人は眼鏡をかけ、年季の入った帳面を開いた。


「名前と連絡先と宿泊数を書いてくれるかい」


 ルシル・オニバス。


 自分の名を書き、私は手を止める。


「あの、実は移住目的でして、連絡先はどうしたら…あと何泊するかも分からなくて」


 宿屋の主人は私の言葉に目を丸くした。


「へええ、そうかい!いや珍しいな。お嬢さん…ルシルさん一人で?」


 主人の目から「こいつ、訳ありだぞ」という心の声が読み取れる。私は努めて堂々と頷いた。


「兄弟が17人も居るものですから…各々自力で頑張って生きていくようにと…」

「17!?」


 主人の目が更に大きく見開かれた。私は落ち着いて「ええ」と返す。嘘ではない。ちなみに私は下から2番目だ。物心ついた時には既に上の方の兄や姉たちは自立していた。


「そりゃあ何て言うか…大変だねえ…」


 先ほどの疑わしいものを見る目つきは消え、しみじみと労いの言葉が向けられる。


(そ、それよりも宿を…)


「それで、あの宿帳は」

「ああ、いいよ連絡先は。泊数もいいや。そうしたら、部屋は」


 私は「一番安い部屋で」と即答した。何せ、私の頭には例の二文字が光り続けている。


 宿の主人は「どの部屋も綺麗にはしているから」と言いながら、カウンターから出てきて私のトランクを持ってくれる。


 階段を上がり、三階の一番日当たりの悪い部屋、と案内されたのが私の泊まる部屋となった。


(何だ、全然悪くない)


 階段を上がりながら主人がアレコレと一番安い所以を説明するので、相当な覚悟をしたが、私にとっては全く問題なかった。


 昨日までネズミの足音の煩い屋根裏部屋に居たのだ。お金を払って客を入れる部屋は使用人部屋とは一線を画している。確かに部屋の調度品は古い感じがしたが、部屋自体は清潔だったし、窓から見える街の通りの眺めもよかった。大都市ではもっと高くて酷い宿がごまんとあるのだから、むしろ上等である。


 部屋を見た私の良い反応に、主人はホッとした様子だった。私は「じゃあ私はこれで」と言って出て行こうとする主人を捕まえた。


「仕事を斡旋してくれるところはありますか?」

「ああ、成程。それだったら、あっちの通りの赤い屋根の建物に行くといいよ。コルテスという男がそういうの得意だから」


 主人は窓の外を指し、いかにも地元の人らしい説明をした。言い方からしてれっきとした『職業斡旋所』というものではなさそうだと察する。


「ありがとうございます。早速行ってみます」

「ん。いい仕事あるといいね。あ、夕食は18時だから」


 私は分かりましたと返事をし、私の中で「いい人」認定をした宿の主人が部屋から出て行くのを見守った。外の者に優しいというのはありがたいことである。前の街、グリュワーズはその点かなりビジネスライクで、冷たいと言えば冷たかった。


「じゃあ、用意をして…行きますか」


 一晩汽車に揺られ、疲れはかなりピークに来ている。直ぐにでも目の前のベッドに埋まりたい欲が高まったが、一日でも早く職が欲しい。私は自分に喝と鞭を入れ、小さなドレッサーの前に座り、身を整えた。




(赤い屋根、コルテスさん、赤い屋根、コルテスさん)


 重要ワードを頭の中で復唱しながら私は街を注意深く歩いた。派手な格好をしている人はいないし、切羽詰まったように速足で歩く人も居ない。街は静かで、木やレンガ等、素材の風合いがきれいな建物が並ぶ。


(このカントリー感…地元を思い出す)


 どこか懐かしい感じに郷愁めいたものが湧き上がる。そうして歩いていると、目的の赤い屋根の家に着いた。ドアには手作り感あふれる看板が掛かっている。


『コートデュー商工会』


 商工会。私はその響きに一抹の不安を覚える。私が希望するのはこれまで同様住み込みの家政婦かメイドだ。果たして商工会にそんなパイプがあるだろうか。


(この際、住み込みでなくてもいい…)


 私は祈るような気持ちでドアをノックし、返事を待った。


「はいはいはい~」


(軽い)


 気軽な感じで出て来たのは若い青年だった。青年は私を見て、見知らぬ人間が来たぞと言う顔をしたが、人懐こい笑顔で私を中に迎え入れた。


「お姉さん、他所の人?何か御用ですか?あ、もしかしてうちの名産の新規契約とか」


 私は慌てて青年の良く回る口にストップを要請した。


「あ、あの、コルテスさんにお会いしたくて」

「あ、はい!俺です!商工会の会長やってます!」

「……」


 思わず黙ってしまった。会長と言うからにはもっと年配の、もの知り顔な人がなるものという私のイメージにひびが入る。まさか自分と同じかそれより下にも見える青年が会長とは。


「あー。始めたの最近なんですよ。この街、そういうの無くって。そろそろまとめる何かがあった方がいいと思って」


 見た目よりもしっかりしているのかもしれない。ともあれ、この人物が宿の主人が言うコルテスさんであるからには、私は彼に用がある。当初の目的を果たすべく、宿の主人にしたように、コルテスさんに仕事を貰いたい旨を伝えた。


「住み込みの家政婦かあ…」


 青年は私の要望を聞くと、ムムムと眉間を指で押さえながら考え始めた。


(どうしよう、やっぱりここではお門違いの頼み事だったんじゃ)


 不安に駆られながらコルテスさんを見守っていると、彼はすまなさそうに私に向き合う。


「申し訳ないです。今すぐ紹介できるものが…。この街、そもそも住み込みの家政婦を抱えるような屋敷も少なくて。一軒二軒じゃないかな」


(うわーーー。しまった…そっかー)


 私は職探しとしては思い切りハズレの街を選んでしまったことを悟り、自身の浅はかさを嘆いた。


「そうですか…」


 取り繕う労力も無く、あからさまにがっかりした声を出してしまうと、コルテスさんは慌てて「まだ諦めないで!」と言った。


「聞いてきますから!もしかしたら人手が足りてないかもしれないし!」


 元気よく胸を叩くコルテスさん。私を励ますためだろうか、明るい笑顔で「これどうぞ、この街の名産です」と綺麗な包みをくれた。ほんのりといい香りがする。


「石鹸です。花の香油が入っててめちゃめちゃ癒されます」

「…ありがとうございます。今日、さっそく」


 私は小さな包みを手に、お礼を言って商工会を後にした。街は変わらず穏やかだったが、心持ちのせいか、どことなく暗く寂しいような静けさを覚えた。


 こうして私の移住計画及び就職活動一日目は前途不穏なまま終わり、私は宿のベッドで泥の様に眠ったのだった。


お読みいただきあありがとうございます!

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[気になる点] コルテスはメインキャラかな 名前出てるし若いし ってことは主人公この町に定住か
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